その日は朝からの雨が本降りになっていた。1961(昭和36)年3月25日にスタートした第1回郡市対抗県内一周駅伝。それまでさまざまな駅伝が開かれていたが、翌日まで2日がかりで18区間203キロを走破する大規模な大会は初めてだった◆雨にもかかわらず、中継所の一つでは2千人もの観衆が集まった。ちょうど公演中だったサーカスの一行は象をかりだしての応援。これにはランナーが驚いた。大会は「五輪選手の養成」という大目標と併せ、「道路改修への寄与」という趣旨も。当時はまだ砂利道が多く、高度経済成長期という時代を感じさせた◆そして迎えた今年の第60回大会。五輪イヤー、それも東京開催の年の記念すべき大会である。過去にはモスクワ五輪の幻の日本代表、喜多秀喜さんら名選手を生んだが、今回もそうそうたるランナーがエントリーしている◆元日のニューイヤー駅伝に出場したひらまつ病院の選手のほか、先月の全国都道府県対抗男子駅伝で一時トップに躍り出る力走を見せて沸かせた県代表メンバーの名前も。13チームの精鋭が3日間にわたり、33区間272・9キロで健脚を競う◆還暦記念の大会は、いよいよきょう号砲。第1回大会で雨の中を泥まみれになって競ったランナー。郷土の誇りを胸に一本のたすきをつなぐドラマは今も昔も変わらない。(丸)

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