中学生の育成に力を注いできた嬉野・太良の喜多利幸コーチ(左)。9日の記録会でも教え子にげきを飛ばした=鹿島市陸上競技場

 これまでまいた種が花を開かせた瞬間だった。嬉野・太良は昨年、36年ぶりの4位と大躍進を見せ、注目の的に躍り出た。直近3年間は9~10位に沈んでいたが、前年から累計タイムを40分5秒も短縮。チーム全員で万歳三唱し、喜びを爆発させた。

 「この人がいなければ今の嬉野・太良はない」-。吉田靖則監督は昨年大会の最終日、躍進の立役者として長年、中学生の育成に尽力している喜多利幸コーチ(60)の存在を挙げた。

 喜多コーチは第23回大会(1983年)で藤津郡の選手として初出場し、その年に4位を経験した。当時の藤津郡は第21回大会(81年)で過去最高の3位に入るなど全盛を誇ったが、三日制になった第24回大会(84年)以降は、選手層の薄さなどが響いて入賞(5位以内)を逃し続けていた。

 「低迷が当たり前になっている。今の選手たちにも強かった頃の緊張感を感じてほしい」。喜多コーチが取り組んだのは中学世代の育成。2002年から母校の塩田中陸上部の指導を始めると、04年には現在の嬉野・太良で主力を担う松浦啓太らを擁した男子が県中学駅伝で初優勝を飾った。

 今年の嬉野・太良には中学生から社会人まで10人以上、喜多コーチの教え子が名を連ねる。そのうちの一人、宮﨑亮治(25)は19歳で初出場した14年から7年連続で走る。「中高生の時は出られなかったが、そこで基礎ができたから今の自分がある」。地元の嬉野市役所に就職し、今やチームの主力に成長した。

 チームは毎週木曜日、鹿島市と合同練習を実施し、垣根を越えた強化にも取り組んでいる。当初は6月頃から始めていたが、5年前から年間を通した練習に切り替えた。「大会になればライバルだが、同じ地区で一緒に強くなろうという気持ちがある」と鹿島市の岩下英明監督(46)。今月9日には杵島郡も加わり、中学生から一般まで全世代がそろって大会前最後の記録会に臨み、本番さながらの緊張感に包まれていた。

 人口の差がチーム力に反映される外的要因は変えられない。それでも、合同練習や月例記録会などを通して走る習慣を植え付け、厳しいチーム事情を乗り越えようと努力する選手たちがいる。「市民に多くの笑顔と元気を与えたい」。こうした郷土愛こそ、強さを生む源であり、県内一周が持つ魅力でもある。

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