吉野ケ里遺跡と邪馬台国の関係について仮説を説明する七田忠昭さん=佐賀県立美術館ホール

「唐古・鍵遺跡」の視点から邪馬台国について講演した藤田三郎さん=佐賀県立美術館ホール

 吉野ケ里遺跡史跡指定30周年を記念して「邪馬台国の今」と題したシンポジウム(県主催)が8日、佐賀市の県立美術館で開かれた。多くの人のロマンをかき立てた邪馬台国論争で主役となった奈良県の「唐古・鍵遺跡」と「吉野ケ里遺跡」について、専門家が発掘成果や邪馬台国との関係について基調講演したほか、シンポジウムも行い、最新の研究成果を踏まえ、邪馬台国の謎に迫った。

 基調講演では、奈良県田原本町埋蔵文化財センター長の藤田三郎氏が「唐古・鍵遺跡と邪馬台国」と題して話した。藤田氏は、同遺跡は地域の集落を束ねる存在で、王権のシンボルであるケヤキ柱を多用した大型建物があったと紹介し、竜の文様の土器が出土するなど大陸的な精神文化を受け入れていたと説明した。

 吉野ケ里遺跡については、七田忠昭・佐賀城本丸歴史館館長が講演。七田氏は「学会では邪馬台国近畿説が強いが、今日は佐賀んもんとして頑張りたい」と笑わせた後、吉野ケ里遺跡の発掘に長く携わり、発掘成果と倭人伝の邪馬台国の記述を対比させて考えたと説明。具体例を示し、同遺跡がいかに記述と合致するかを話した。また、全国の環濠(かんごう)集落の中でも、佐賀平野東部の環濠だけに中国でも見られる突出部分があると説明した。

 シンポジウムでは、藤田、七田両氏のほかに、“ミスター吉野ケ里”として知られる高島忠平・県芸術文化協会理事長が加わり、邪馬台国の在りかなどを活発に議論した。約250人が聴講した。

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