人生の運不運は、よくわからないものである。職場の懇親会の帰り、飲酒運転の外車にひかれ、背中に大けがをした。全治8カ月。あおむけに寝られず、うつぶせで療養しながら長編推理小説を書いた。それが江戸川乱歩賞の次席に入り、デビューのきっかけをつかむ◆「あの交通事故がなかったらプロ作家にはなっていない」と笹沢左保さんは生前よく語った。晩年の一時期を過ごした佐賀市富士町の記念館には、布団に腹ばいで執筆する若き日の写真が飾ってある。最盛期は月15本近い連載を抱え、400字詰めで1千枚以上の原稿を量産した流行作家はこうして生まれたのかと仰ぎ見る◆入選を機に世に出た笹沢さんだったが、直木賞候補に4度なりながら、ほとんど賞とは無縁の作家人生を送った。〈笹沢は選考委員に愛されない人だった〉と担当編集者だった校條めんじょう剛さんは書いている。〈華々しく見える流行作家は、妬ねたまれるのである〉◆記念館できょうから始まる企画展(16日まで)は、笹沢さんの提唱で1993年に始まった「九州さが大衆文学賞」がテーマ。中央文壇と距離を置いた“無冠の帝王”の胸の内を想像したくなる◆受賞者にはプロになった人もいる。今もプロを目指す人、同人誌で活躍する人もいる。大衆とともにある文学を追い求めた作家の、思いは生き続けている。(桑)

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