有田内山の景観(東から)

 先日、佐賀大有田キャンパスで開催された「窯業地域における文化的景観の保存と活用」と題したシンポジウムに参加させていただいた。2人の大学教授による講演とパネルディスカッションで構成されており、全体を通じて大変興味深い内容であった。

 シンポジウムは、主に小鹿田(大分県日田市)や小石原(福岡県朝倉郡東峰村)との比較で話が進んだが、よくあることではあるが、有田の場合は内山と比較されていた。しかし、実際にはそれらとの比較なら、むしろ黒牟田や応法、南川原などの地区が類似しており、国内にはほとんど類例のない生産形態の町として誕生した内山とは、大きく性格が異なるのである。

 内山は、かつて佐賀藩が磁器生産の産業化の拠点を目指して、人為的に山間を拓いて造った町である。ここでは、それぞれが独自の性格を持つ外山の各地区と異なり、内山全体で均質の製品を生産する体制が取られた。つまり、全体が擬似的に一つの窯場のような性格を持っており、製品もどこの窯場のものか、ほぼ見分けがつかないほどある。

 これは、当時の最先端産業として、均質な製品を効率的に大量に生み出すためのシステムであり、近世を通じて、それぞれの時期に最も需要の多いランクの製品の生産が、割り当てられたのである。(有田町教育委員会学芸員・村上伸之)

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