大学入試センター試験の国語の問題で作家原民喜(はらたみき)の「翳(かげ)」という文章が出題されていた。日本が戦争へ突き進むうちに、人々の日常が暗く変化していく様子を描いた。受験生には重い内容だったかもしれない◆原の名前「民喜」は、戦争に勝って民が喜ぶとの意味があったという。日露戦争に日本が勝利した後、程なく出生した息子に父親が命名した。だが、原の作品は「翳」のほか、広島での被爆体験をもとにした「夏の花」など戦争の悲惨さを伝えたものが多く、名前の由来とは裏腹だった◆「夏の花」に印象深い描写がある。原爆さく裂の瞬間、「私」の頭上に一撃が加えられる。すると、顔を血だらけにしたシャツ1枚の「奇妙な身振り」の男が家の中に入ってきて「あなたは無事でよかったですな」といい、「電話をかけなきゃ」とどこかへ立ち去ってしまう◆原本人が見た原爆の惨状と精神の崩壊。近所の国民学校で毎晩行われていた点呼の予習で、いい気分でいる教官を見て「馬鹿(ばか)馬鹿しいきわみだ。日本の軍隊はただ形式に陶酔しているだけだ」と気づく場面(「壊滅の序曲」)は人間の愚かさを突いた◆受験生にとって、人生を左右するかもしれない大学入試。出題文の感慨に浸るような余裕はなかったとは思うが、入試での出合いをきっかけに文学への興味が深まればいい。(丸)

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