第四章 百折不撓(六)

「それは尤もですが、内戦が泥沼化すれば、諸外国に付け込まれるのでは」
「それをいかに防ぐかは、われらの肩に掛かってきています」
 井上が芝居じみた仕草で、自らの肩を叩く。
 ――いかにも、その通りだ。
 すでにイギリスは薩長の新政府に、フランスは旧幕府に肩入れしているが、長崎会議所で彼らを牽制させ合うことはできる。
 ――われらはこの国の窓口なのだ。
 西洋人は力に訴えることが多いが、法の支配に素直に従うという一面もある。それを知った大隈は、諸外国をうまく操り、内戦に介入させないようにせねばならないと思った。
「そこで、大隈さん」
 いかにも重大事を打ち明けるかのように、井上が顔を寄せる。
「このまま旧幕府勢力が潰えれば、功第一は薩摩藩となります」
 ――そういうことか。
 大隈は井上の意図をすぐに察した。
「つまりわれらが手をこまねいていれば、薩摩政府にもなりかねません。そこで維新に功のあった諸藩の勢力の均衡を図らねばなりません」
「尤もですが、われらは、ここまで何の功もありません」
 それが正直なところである。
「分かっています。ただし今、鍋島公(当主の直大)が新政府軍として戦いに参戦しており、その働きぶり次第では、貴藩も十分に功を挙げることができましょう」
 井上が直大を下に見るように言う。もはや佐賀藩主を動かしているのも、自分たちだと言いたいのだろう。
「いかにもそうですが、それがしは長崎の担当ゆえ、佐賀藩軍を叱咤(しった)することはできません」
「分かっています。しかし、これからは戦功だけが評価されるわけではありません。貴殿のように英語を自在に駆使し、諸外国の領事や商人たちを納得させてしまえるような能力こそ求められているのです」
「ありがとうございます」
 ――此奴も知恵でのし上がってきたのか。
 大隈は井上に同類の匂いを感じていた。
「向後、薩摩藩が出過ぎたことをしてくることも考えられます」
「出過ぎたこととは」
 井上がにやりとする。

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