関東から移住してきた大平竜也さん。トレーニングファームでホウレンソウ栽培を学んでいる=佐賀市富士町藤瀬

 山道を進んだ先にぎっしりと並んだビニールハウスが現れた。佐賀市富士町の藤瀬地区。大平竜也さん(31)は高冷地野菜のホウレンソウの収穫にいそしんでいた。「手間暇掛けて育てたのが形になる達成感がいい」。日焼けした顔から笑みがこぼれる。

 大平さんは横浜市で生まれ育ち、大学卒業後も大型重機の営業マンになって関東で暮らしていた。佐賀県出身の彼女との結婚話が転機になった。2年前に移住を決め、佐賀県の相談窓口も頼った。心機一転、富士町で農業をなりわいに暮らしていくことを決めた。

 県やJAなどが連携して新規就農者を育成する「トレーニングファーム」。富士町には産地ブランドのホウレンソウの栽培研修施設が設けられ、大平さんは昨年1月から研修生として指導を受けている。栽培技術や農業経営などを学び、2年間の研修の後は町内に就農して独り立ちする。

 大平さんにとって、この「新天地」は食材がどれもおいしく、気さくに声を掛け合う近所付き合いも新鮮に感じる。久しぶりに母と会った時に「いい表情になったね」と言われた。「都会にない魅力があり、毎日が充実している。技術を継承して産地の維持に貢献したい」と力を込める。

 富士町は人口減が進む一方、「田舎暮らし」の人気など価値観の多様化によって幅広い世代が移り住んでいる。買い物、医療機関、学校…。都市部とは違う不便な環境でも、「非日常」ともいえる今までとは違った生活スタイルへのあこがれの強さが勝り、一大決心をする人は少なくない。

 豊かな自然が残っていて佐賀市中心部や都市圏の福岡市に近いのも暮らしの拠点に選ばれる理由になっている。故郷への愛着から定年などを機にUターンして生活する人たちもいる。

 

 下合瀬の北山ダムのほとりに住む関川啓二さん(71)、邦子さん(72)夫婦は、神奈川県から約30年ぶりに故郷の佐賀県に戻ってきた。木をふんだんに使った家に住み、ベランダから望むダム湖の景色を日々楽しんでいる。

 覚悟はしてきたが、電車利用が中心だった2人は富士町の交通環境にたじろいだ。市街地に向かうバス停があって買い物もできる古湯まで自宅から約10キロ。長年ペーパードライバーだった邦子さんも運転せざるを得なくなった。啓二さんは足のけがで通院した際、「年をとって運転できなくなったらどう生活すればいいか」と戸惑った。

 昨年末、昭和自動車(唐津市)の路線バスの見直しに伴う代替のコミュニティーバスが試験運行した際、邦子さんは「利用が増えて定着してほしい」との願いを込めて何度も乗車した。新たな交通体系への移行後、自宅近くにもバスが来てくれる見通しになり、安あん堵どした。

 「田舎暮らし」の理想と現実。折り合いながら日々の営みを送る中、2人にとって「生活の足」の不安も頭をもたげている。

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