諏訪神社の天衝舞浮立。地区内外から人が集まってにぎわった=昨年10月19日、佐賀市富士町市川

 直径1メートル余りの大きな前立てを額に付けた踊り手が勇壮な舞を繰り広げた。昨年10月、佐賀市富士町市川の諏訪神社で佐賀県重要無形民俗文化財に指定されている天衝舞(てんつくまい)浮立が奉納された。境内に笛や太鼓の音が響き渡り、多くの観光客やカメラ愛好家、帰省客らが足を運んでにぎわいを見せた。

 浮立は100人規模の住民で行ってきたが、少子高齢化の影響で減りつつある。消防団の青年が担ってきた「鉦(かね)打ち」は、40歳までだった対象年齢を50歳に引き上げ、昨年は地区外にいる出身者にまで参加を呼び掛けた。自治会長の水田強さん(66)は「昔は鉦打ちをやりたくてもできないほど青年がいたのに」とため息をつく。

住民資金出し合い

 天山と白石山に挟まれた標高約450メートルの市川地区。生活の足となる路線バスの運行が始まったのは1969年だった。住民同士が資金を出し合い、車庫を作ったり運転士の宿舎を確保したりして実現を後押しした。開通式が盛大に行われ、水田さんは「運転士が運動会や祭りに呼ばれるなど歓迎された」と振り返る。地域のつながりと活力を一番感じた時期だった。

 富士町では高度成長期を経て、都市部に働き口を求める住民が出てきた。子どもたちは進学や就職を機に実家を離れ、町内に多かった農家も後継ぎが減った。嘉瀬川ダム(2012年運用開始)の建設で、町外に転出する家庭も少なくなかった。

 大野地区から市中心部に移り住んだ吉浦慶次さん(84)は「暮らしを考えると引っ越して良かった」と痛感する。スーパーや病院は近接し、趣味を通じて親交も広がった。孫は高校に自転車で通学できるようになるなど、山間部の生活から様変わりした。

 一方で自宅から約20キロ離れた大野地区の田んぼで米づくりを続け、今も通う。「山の米はうまいし、咲かせる花も平たん部より色合いがいい」。道が整備されて車で行きやすくなった一方、次第に集落で人を見かけなくなった。愛着を抱く故郷の移ろいは吉浦さんの目に複雑に映る。

つながりと活力

 市川地区のバス運行開始から半世紀。路線見直しの問題が浮上した。当時の熱気からは想像もつかなかった厳しい現実に水田さんは戸惑いを隠せない。細り続ける地域のつながりと活力。その問題と地続きの課題だけに危機感は強い。

 ただ、水田さんは、浮立を通じて住民や出身者の古里への思いを感じ取っている。「地域を一つにする大事な行事であり、継承したい。祭りなどで中山間地に明るいイメージを持ってもらうのが集落を守ることになる」

 公共交通は単なる移動手段ではなく、人や地域をつなぎ、住民に安心感を与える。今後、路線バスからコミュニティーバスへの移行を予定する。「代替交通になって良かったと思えるようにしないと意味がない」。水田さんは地域をつなぎ止めてくれると信じている。

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