第11代齋藤用之助の遺品を展示したコーナー=伊万里市歴史民俗資料館

第11代齋藤用之助の遺品を展示したコーナー=伊万里市歴史民俗資料館

伊万里市での展示を前に深浦弘信市長を表敬訪問した第14代齋藤用之助さん(右)と池上康之佐賀大教授(中央)=市役所

 伊万里市松島町の市歴史民俗資料館に、沖縄の近代化に貢献した佐賀市出身の11代齋藤用之助(1859~1933年)を紹介するコーナーが設置された。火災で焼失した首里城(那覇市)再建の思いを込め、子孫から沖縄県に寄贈される遺品などを展示している。26日まで。

 展示するのは、齋藤が沖縄から持ち帰ったとされる食器類や遺稿など9点。3組の盃(さかずき)は1883(明治16)年、琉球王家の別邸「識名園(しきなえん)」で開かれた園遊会の記念品とみられる。日本政府の五七の桐紋と琉球国王・尚家の家紋が施されていて、両者の関係性を示す貴重な資料だという。

 齋藤は1879年、警察官として沖縄県に渡った。その後、那覇区長などを務め、交通インフラの整備や製糖業の振興に尽力。1903年に硫黄鳥島が噴火した際には全島民約700人を久米島へ無事に移住させ、それらの偉業が語り継がれている。

 昨年10月末に起きた首里城の火災では、美術工芸品も失われており、ひ孫の14代用之助さん(73)‖佐賀市‖が11代が所有していた琉球漆器など4点の寄贈を申し出た。2月上旬に沖縄県立博物館に届けられるのを前に、伊万里市での展示が佐賀大学の池上康之教授の仲介で企画された。

 伊万里市と久米島町は、双方に佐賀大の海洋温度差発電の研究施設があることを縁に、交流事業を行っている。14代用之助さんは「一人でも多い人に、佐賀と沖縄のつながりを知ってほしい」と話している。入館無料、問い合わせは同館、電話0955(22)7107。

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