仕事に必要な自転車が盗まれ、途方に暮れた父親の後を追う幼い息子が、危うく車にはねられそうになる。父親にとって自転車がなければ失業者に後戻り。それを知る息子は一緒に自転車を探すのだった。イタリア映画『自転車泥棒』(1948年)。見ていて胸がいっぱいになる◆ふいにやってくる運命の狭間(はざま)を見る者に突きつける。わたしたちの日常も、もしかするとちょっとした偶然で、突然にして降りかかる悲劇に遭ったり、幸いにして逃れたりしているのかもしれない。そんなことを思い知らされるシーンだ◆バドミントン世界ランキング1位の桃田賢斗選手にとって、それはまったく予期せぬ出来事だったろう。年の初めに国際大会を制した喜びもつかの間、マレーシアで交通事故に遭い負傷した。突然の事故の怖さをあらためて思う◆自らの過ちで前回の五輪には出場できなかった。さまざまな批判には競技に真摯(しんし)に向き合うしかない。迎える東京五輪。金メダルの重圧と再びの試練である。同乗の運転手が死亡した精神的な動揺もあろう◆もしかすると回避できた事故だったかもしれないが、五輪直前の事故でなかっただけでも再起の時間は残っている。映画は不運と若干の幸運が入り交じった人生の中で親子の絆の大切さを教えてくれた。降りかかった苦難を糧に。そう考えたい。(丸)

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