当時の被災地での活動の様子を撮った写真を前に、25年前の思い出などを語る嶋津眞由美さん=佐賀市の佐賀新聞社

 支えるとは、ともに歩くこと-。阪神淡路大震災発生後、ボランティアとして被災地で活動した佐賀市の嶋津眞由美さん(61)は、被災者とのふれ合いの中で「ボランティアの心構えを教えられた」と振り返る。あれから25年。災害への備えとともに、被災者に寄りそう姿勢の大切さを自分の周囲に伝えていきたいと考えている。

 佐賀市の災害ボランティアグループ「HASS」に入っていた嶋津さん。95年当時、30代の主婦だったが被災地に3回赴いた。避難所で支援物資の仕分けなどに携わった。2回目に神戸を訪れた際、佐賀から運んだバルーンを中学校の校庭で上げた。周囲には子どもたちの喜ぶ声。「子どもたちの笑顔に私自身が元気をもらった」。3回目は、わが子を連れて行った。避難所で被災者からお小遣いやおかしをもらった。「支えてもらっているのはどっちなのか」。苦しい状況でも相手を思いやる心の温かさに触れ、涙があふれた。

 「災害発生直後は、軍手一つ、ぞうきん1枚でも必要になる。でも、それだけではなく、ちょっとした心遣いで救われるものがある。人は支え合って生きていくものだと感じた」。

 昨年8月末、県内を襲った記録的豪雨で自宅周辺が冠水、自身が初めて避難する側になった。「こんなにも不安なものなのか」と感じた。避難所の入口に1人でぽつんと立っていたおばあちゃんを見た。神戸での経験を生かそうと、話しかけて中に案内するなどした。帰り際、おばあちゃんに「ありがとう」と声を掛けられた。「神戸で感じ取ったことを伝える必要がある」と改めて感じたという。

 95年当時、メンバーが約100人いた「HASS」は5年ほど前、数人になってしまい静かに解散した。しかし、大規模災害時に個人で被災地に向かう人は増え、募金や支援物資などのチャンネルも増えるなど、支援のかたちは着実に多様になっていると嶋津さんは感じている。

 だからこそ、「自分にできることをしたい」と考えている。地元の飲食店に避難場所を記した地図を掲示できないかと知人を通じて頼んだり、地区の公民館で被災地での経験を語ったり。神戸で得た教訓を伝えていくつもりだ。

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