6434人が犠牲になった阪神大震災から17日で25年を迎えた。神戸市など被災地はきょう一日、祈りに包まれる。戦後、初めて大都市を襲った直下型地震により、高速道路の高架は崩落。老朽化した家屋や建物が次々に倒れ、多くの人が下敷きになり命を落とした。延焼に次ぐ延焼で火災も広がり、甚大な被害をもたらした。

 神戸市内の遊園地に設置された「慰霊と復興のモニュメント」の銘板には亡くなった人の名前が刻まれ、神戸港では崩れた波止場の一部が遺構として保存されている。いま街中を歩いても、それ以外に震災の痕跡に触れるのは難しい。仮設住宅や焼け跡は消え、高層の復興住宅が立ち並ぶ。

 阪神大震災は多くの教訓を残した。それが災害対応の原点になっている。例えば、家屋倒壊などによる直接死ではなく、震災との因果関係が認められる「震災関連死」が広く知られるようになり、避難所の環境整備が促された。被災者生活再建支援法は、自力を原則としてきた住宅再建に公的な支援の道を開いた。

 ボランティア活動を後押しする特定非営利活動促進法(NPO法)もできた。しかし時の経過とともに「あの日」の教訓は記憶の片隅に追いやられてしまったように見える。救える命を救うため、いま一度、国と自治体は原点に返り、これまでの課題を検証して備えを拡充する必要があろう。

 阪神大震災の発生から6日目のピーク時、兵庫県内の学校などに開設された1150カ所余りの避難所に約31万6700人が身を寄せた。神戸市内のある中学校には約3千人が殺到し、体育館や教室はもちろん、廊下や体育倉庫にまで人があふれた。毛布にくるまっても寒さは厳しく、トイレは断水で使えなかった。雑魚寝でプライバシーもなく、眠れなかった。

 避難生活などで体調を崩し、亡くなった震災関連死は大阪府も含め921人。各自治体は避難所となる公共施設などで冷暖房設備の整備や簡易トイレの備蓄に力を入れてはいるものの、被害が広域に及んだ2011年の東日本大震災では昨年9月末時点で、10都県3739人が関連死と認定された。16年の熊本地震の場合は発生から1年の間に170人を数え、全犠牲者の4分の3を占めた。

 阪神大震災以降、高齢者ら災害弱者に配慮した福祉避難所の設置も求められてきた。東日本大震災や昨年の台風19号被害でも必要性が再認識されたが、共同通信の全国調査に受け入れ可能人数と利用する可能性のある対象者数の両方を回答した15府県で、対象者約134万人に対し、受け入れ可能は18%の約24万人にとどまった。

 さらに生活再建。昨年の全国面接世論調査で1998年に議員立法で成立した生活再建支援法を巡り、住宅の半壊・一部損壊に支援金が出ない点について78%が「妥当だと思わない」と回答。全壊・大規模半壊の最大300万円についても64%が「不十分」とした。また国や自治体が今後力を入れるべき対策としては救助・救援や生活再建支援、避難所の環境整備などが挙げられている。

 列島は首都直下地震や南海トラフ巨大地震のリスクに直面しており、それぞれ死者は最大で2万3千人、30万人以上と想定されている。防災・減災の見直しを着実に進めることが求められる。(共同通信・堤秀司)

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