第三章 疾風怒濤(七十二)

 「蕃学稽古所」の教場には、長崎五島町にある藩邸の一つ、通称「諫早屋敷」があてられた。
 佐賀藩は三十五万七千石の大領を有していたが、蓮池(はすいけ)・小城(おぎ)・鹿島(かしま)の三支藩、鍋島四庶流家、龍造寺(りゅうぞうじ)四分家といった自治領があるため、本家の実質的な石高は六万石程度だった。だが支藩も分家も実質的には家臣なので、領国の行き来は自由だった。
 諫早屋敷は諫早氏に姓を改めた龍造寺家の家臣の屋敷で、長崎港に近い位置にあったため、長崎御番を務める佐賀藩の拠点となっていた。大隈たちは、それを借り受けたのだ。

 慶応三年(一八六七)十二月、教壇に立った大隈は、生徒たちに英語を教えていた。
「構文ではこうなる。分かったか」
「分かりました」という声が、ばらばらと聞こえる。
「では、今日の講義はこれまでとする。新参の者は、明日までにグラマー全文を書き写しておくように」
 早速、不平の声が上がる。
「無理だと思うと何事も成し遂げられない。無理を道理にすることで道は開ける」
「分からん理屈だなあ」という声も上がったが、生徒たちは納得し、この日の講義は終わった。
 廊下に出ると、ちょうど副島が歩いてきた。その顔は冴えない。
「副島さん、どうかしましたか」
「まあな。ちょっと来い」
 副島と一緒に諫早屋敷の庭に出ると、真冬にもかかわらず日が差していて暖かい。諫早屋敷は高台にあるため、二人は眺めのいい場所まで行き、西に広がる長崎湾を見下ろしながら会話を始めた。
「今、長崎港に船が入り、会所で上方の話をいろいろ聞いた。それでいち早くそなたに知らせたいことがあり、馬を飛ばしてきた」
「何か変事でも」
「ああ、変事と言えば変事だ」
 腕組みした副島がポツリと言う。
「坂本君が斬られた」
「えっ、坂本って、あの土佐藩の――」
「そうだ。坂本龍馬だ。一緒にいた中岡慎太郎もだ」
「二人共、死んだのですか」
 副島が無言でうなずく。

このエントリーをはてなブックマークに追加