大地を表す古語「なゐ」は、のちに地震を意味するようになった。日本人が繰り返し涙を流した歴史がそうさせたのかもしれない◆〈誰みても親はらからのここちすれ地(な)震(ゐ)をさまりて朝に到れば〉。与謝野晶子は関東大震災の惨状をこう詠んだ。身を寄せ合って避難している人たちの誰も彼も、自分の親や兄弟姉妹のように思える、と◆あの日の朝、起きぬけにつけたテレビの中継映像を思い出す。倒壊した建物や道路の下に、燃え盛る黒煙の下に、無数の〈親はらから〉を見たのではなかったか。阪神大震災からあすで25年。四半世紀という歳月に、あの生々しい記憶も「歴史」と呼ばれるものに変わっていく複雑な思いがする◆当時、被災者ケアにあたった精神科医中井久夫さんの著書『時のしずく』に印象深い述懐がある。被災者が避難した公園にベトナム難民の人たちもいた。関東大震災がそうであったように、災厄はことさら人を不安にする。警戒した日本人は境界に見張りを立てた。すると、さすがは数々の苦難を乗り越えてきたベトナム難民である。歌と踊りの会を始めた。日本人がその輪に加わり、緊張はたちまちとけた◆25年の間に、自然災害という数々の苦難を経験した私たちは、やさしくなれたろうか、たくましくなれたろうか。鎮魂とともに、わが胸に聞いてみる朝が来る。(桑)

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