第三章 疾風怒濤(六十八)

 大隈は内戦が勃発する前に大政を奉還させるべく、土佐藩に功を取られる危険を冒した。それが裏目に出たからと言って、何も手を打たなかった島義勇に文句を言われる筋合いはない。
「それでは、そろそろご無礼仕ります」
 久米が帰り支度を始める。
「もう帰るのか」
「帰りますよ。誰かが斬りに来たら、私も巻き添えを食らうかもしれませんからね」
「冷たい奴だな」
「冷たいも何も、とばっちりは御免ですよ」
 久米が階段を下りようとした時だった。表口で「大隈はおるか!」という胴間声(どうまごえ)が轟いた。
「どうやら、遅かったようですね」
「そなたは屋根を伝って逃げろ」
「まさか――。そんなことをしたら、庭に下りたところで、いきり立った連中に斬られますよ」
 それはあり得ないことではない。
「では、ここにいろ」と言って久米を押しのけた大隈は、階段をゆっくりと下りた。あえて両刀は置いてきた。そんなものを手挟(たばさ)んでいる方が、殺気立った相手に斬られるからだ。
 身づくろいし直すと、一つ咳払いして表口に出た。提灯の灯に照らされ、島義勇の険しい顔が見える。その周囲には、島の弟の重松基右衛門(しげまつ・もとえもん)を中心にした過激な連中が十人ばかりいる。
 大隈はため息をついた。
 義祭同盟きっての武闘派の島義勇は、枝吉神陽と従兄弟の上に同年齢で副将格だった。大隈よりも十七歳上なので分別盛りのはずだが、長崎砲台の勤番所隊長や観光丸艦長などの職を経て、海の男の荒っぽさをも身に付けていた。
「この口舌(こうぜつ)の徒め!」
 いかつい島の顔に朱が差しているので、不動明王のように見える。
「まあ、落ち着いて下さい」
「これが落ち着いていられるか。そなたがわれらの秘策をべらべらしゃべるから、土佐藩に功を持っていかれたではないか!」
「いかにも土佐藩に秘策を漏らしたのは私です。しかし土佐藩を動かさないことには、薩摩藩に主導権を握られ、ずるずると内戦の泥沼にはまるところでした」
 大隈らは内戦が始まれば、二年や三年では終わらないと思っていた。その間に両陣営は傷つき疲弊し、さらに外国商人から武器を高値で買わされ、その借金が返せずに植民地化が進むと見ていた。

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