自らメガホンを取ることもあった勝新太郎さんが生前、俳優仲間の仲代達矢さんにこう尋ねた。「監督の言う、『はい、OK』ってどういう意味だと思う?」。「演技が良いってことなんじゃないの」と答えると、勝さんは言った。「時間もないし、もういいや、ってことなんだよ」。雑誌「文藝春秋」最新号にそんな寄稿を見つけた。黒澤明監督の数々の傑作に出演してきた名優には信じられない言葉だったろう◆仲代さんが初めて本格的に出演した黒澤映画は「用心棒」。町全体の大がかりなオープンセットを作って撮影に入ったが、1週間たっても監督はカメラを回さない。三船敏郎演じる主人公がふらりとやってくる宿場町で、人の手首をくわえた犬が走る―有名なトップシーンを思いつくまで、リハーサルを繰り返していたという◆この映画でもう一つ有名なのが、傷を負った主人公が棺おけに隠れて脱出するシーン…待てよ、似たような話が近ごろあったな、と首のあたりに手を回して考えてみる。楽器箱に潜んで海外逃亡したカルロス・ゴーン被告である◆海外メディアに逮捕の不当性を主張したかと思えば、批判を気にしてか排除した国内メディアの取材にも応じる姿勢を見せたという。だったら堂々と法廷で戦えばいいのに◆誰か、この主役に「はい、OK」と言ってくれまいか。(桑)

下記のボタンを押すと、AIが読み上げる有明抄を聞くことができます。

このエントリーをはてなブックマークに追加