第三章 疾風怒濤(六十二)


 大隈は謝るべきだと思った。
「それはすまなかった。だが国事に奔走する者は、家族など顧みてはいられないのだ」
「だからといって、何の相談もなく勝手をなされては、妻としての立場がありません。これからも、あなた様が何を仕出かすか分からないと思いつつ暮らすのですか」
「そうは申しておらん。世の中が変われば、わしは勝手なことなどしない」
「それはいつなのですか」
「いつと聞かれても、何とも答えようがない」
「いつまで待っても世の中が変わらなければ、また脱藩なさるのですか」
「二度もやったら、さすがに寛容なご隠居様も許してはくれまい」
「では、もうなさらないと思ってよろしいのですね」
 大隈がきまり悪そうに答える。
「ああ、脱藩はしない」
「約束していただけますか」
 ――とは言ってもな。
 世の中が変われば、脱藩という形ではなく、佐賀藩という舞台から別の舞台に飛び移ることもできる。
 ――詭弁(きべん)かもしれぬが、脱藩でなければよいわけか。
「約束していただけないんですね」
「いや、約束する。もう二度と脱藩はしない」
「武士に二言はありませんね」
「しつこい!」
 さすがに気の長い大隈でも、女の連綿たる繰り言には辟易(へきえき)してきた。
「それを聞いて安堵しました」
 そう言うと、美登は泣きながら出ていった。
 そこに入れ替わるように入ってきたのが、母の三井子である。
「美登さんに、こってり絞られたんでしょう」
「母上も苦言ですか」
 三井子が大隈の前に座す。
「私が苦言を呈したところで、あなたは聞く耳を持たないでしょう」
「さすが母上、よく分かっていらっしゃる」
 大隈がおどけたので、三井子が釘を刺した。
「国事奔走とは聞こえがいいですが、軽薄にも将軍の側用人を訪ねて、藩に通報されたというではありませんか」
 三井子にもそのことを指摘され、大隈は情けなくなった。

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