第三章 疾風怒濤(五十九)

「今、将軍家は困り果てています。第二次征長が失敗に終わり、長州藩に対して寛大な措置を求める松平春嶽公や伊達宗城公の進言を容れようとしたところ、今度は第三次征長を目論んでいた会津・桑名両藩が態度を硬化させました。つまり、これまで一枚岩のように動いてきた一会桑勢力に亀裂が生じたのです。しかも天狗党を幕府軍に始末させたことで、将軍家は生まれ故郷の水戸藩にさえ見放されています。さらに、これまで幕府を後援してきたフランスさえも、本国からイギリスとの対立を避けるように言われ、支援を先細らせています。つまり今、将軍家は孤立しているのです。そこで大政を奉還させ、自然な流れで諸侯会議へと移行する。さらに欧米のように議会制度への道筋をつける。今それを主導できるのは、佐賀藩しかありません」

 閑叟が笑みを浮かべて言う。
「大隈は相変わらずよくしゃべるな。副島はどうだ」
「はっ、大隈の言う通りだと思います」
「そなたはいい年をしているにもかかわらず、大隈に感化されて脱藩などしおって、亡き兄上に恥ずかしくないのか」
「申し訳ありません」

 話題を変えられそうになった大隈が、慌てて口を挟む。
「それゆえ何卒、ご上洛いただき――」
「この体でか」

 確かに閑叟は衰弱していた。それを言われると、何も言い返せない。
「だがな、わしとて馬鹿ではない」
「えっ」
「今がその時なのも分かる」
「で、では――」
「来月、上洛する」

 閑叟が言い切った。そのことは近習たちにも知らされていなかったらしく、そこにいた者たちは顔を見合わせてあたふたしている。
「ご英断です!」
 自分たちの行動が報われたと知り、大隈は感無量だった。
「この大隈、ご隠居様の盾となり、京洛の地に屍(しかばね)を晒します!」
「いや、そなたら二人は連れていかん」
「えっ、なぜですか」
「当たり前だろう。脱藩の大罪を犯した者を連れていくわけにもいくまい」

 考えてみれば尤もな話である。

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