第三章 疾風怒濤(五十八)

       十四
 慶応三年(一八六七)四月末、佐賀に送還された二人は「神野(こうの)のお茶屋」に連れていかれ、その対面の間で閑叟の到着を待っていた。
「副島さん」と大隈が小声で呼ぶと、副島が迷惑そうに「何だ」と答える。
「どうやら死罪は免れ、家禄没収か知行(ちぎょう)を減らされるくらいで済みそうです」
「家禄を没収されたら、明日からどうやって食べていく」
「友人たちに物乞いをすれば、当面は何とかなるでしょう」
「この年で、そんなことができるか」
「人は、いざとなれば何でもできるものです」
「俺はお前とは違う」
 次第に大きくなる二人の声に、背後に控える役人から「これ、静かにせい」と声が掛かった。
 そうこうしているうちに、「御成り」という近習の声が聞こえ、二人の小姓を引き連れた閑叟が入ってきた。
 二人が畳に額を擦り付ける。
「なんだ、もう捕まったのか」
 閑叟の第一声である。
「面目次第もありません」
「大隈は機転も利くし、すばしこいので、見つけることは難しいと話していたところだったのにな」
 閑叟の言葉には、面白い芝居でも見せてもらえるのではないかという期待が籠もっていた。
「いつもなら役人などに捕まらないのですが、此度ばかりはしくじりました」
「相手は将軍の側用人だ。どうなるかぐらいは分かるだろう」
 閑叟が懐から何かを取り出す。
「原殿から書状も届いておるぞ」
「えっ、そこには何と――」
「寛大な処置を請うと書かれている」
「何とありがたい――」
 原にも、二人をだまして通報した後ろめたさがあるに違いない。
「いずれにせよ、そなたら二人は脱藩の大罪を犯した」
「申し訳ありません」と言って、副島が額を畳にめり込ませんばかりに擦り付ける。
「脱藩の大罪だけならまだしも、此度の動乱に当家を巻き込もうとしたな」
「そこです」
 大隈は、ようやく来た出番に張り切った。

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