〈湖に浮かべたボートをこぐように、人は後ろ向きに未来へ入っていく〉。フランスの詩人ポール・ヴァレリーの言葉という。目に映るのは過去の風景ばかり、明日の景色は誰も知らない…。

 2020年が幕を開けた。いよいよ東京五輪・パラリンピックが夏に迫った。7年前、流行語にもなった「お・も・て・な・し」のプレゼンテーションで開催地を射止めた時には想像もつかなかった未来が現実になろうとしている。

 この間ずっと私たちの目に映っていたのは、昭和39(1964)年の前回五輪の風景ではなかったか。日本が高度経済成長の階段を駆け上っていたあのころが、再び戻って来るような期待にかられるのも無理からぬことだろう。

 しかし、時代は大きく様変わりしている。厚生労働省の人口動態統計で、2019年に生まれた日本人の子どもの数は86万4千人と、1899年の統計開始以来、初めて90万人台を割り込んだ。国立社会保障・人口問題研究所が21年と推計していた86万人台が2年も早く訪れ、予想を上回るスピードで少子化が進んでいる現状が浮かび上がった。

 国と地方の借金は1千兆円を超え、景気低迷が続く中、財政再建の道筋は見えない。医療や年金、介護といった社会保障を将来にわたって安定的に維持できるか、不安は膨らむばかりである。

 再びめぐってくる東京五輪の年に向き合うべき課題は、半世紀前の「夢よ再び」ではなく、すでに経済的に成熟したこの国が、「縮む社会」を克服する未来図をどう描くかだろう。多様性に富んだ共生社会のあるべき姿を熟考するうえで、パラリンピックも大きな示唆を与えるに違いない。

 こうした日本社会が直面する課題に、私たちの住む佐賀県も無縁ではいられない。都市への一極集中が一段と進み、若い世代の県外流出に歯止めがかからない。地方はますます疲弊していく。若い労働力がふるさとに定着できる雇用環境の充実や産業振興を図っていくのはもちろんだが、何より大切なのは人口再生産力を伴う、暮らしやすい地域社会の実現だろう。

 昨夏の佐賀豪雨では、有明海沿岸の平野部で水がはけずに起こる「内水氾濫」が深刻な浸水被害をもたらした。満潮時に海面より低くなる低平地特有の災害リスクを改めて実感させられた。猛威をふるう自然災害が常態化する中で、住民の安全と安心をどう確保していくかが、これからの地域の魅力づくりと表裏をなすことだろう。

 豪雨災害の元凶ともいえる地球温暖化対策にも心を砕きたい。身近な暮らしを見直しながら、持続可能な社会を目指す。そんな意識と配慮が地域を変えていく。

 もう一つ考えていきたいのが公共交通のあり方である。人口減少に伴い採算の悪い路線バスの廃止や列車の減便が打ち出されている。「住民の足」の利便性は暮らしやすさに直結するだけでなく、高齢化が進むコミュニティーの機能を維持する基盤でもある。九州新幹線長崎ルートの整備方式見直しの行方とともに論議を深めたい。

 人は後ろ向きに、後ずさりしながら未来に入っていく。ならば来し方をしっかりと見つめ、夢や願いを重ねたい。ボートが向かう岸辺に確かな明日が待っていると信じて。(論説委員長・桑原 昇)

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