指定管理議案が否決された佐賀県重要文化財の旧唐津銀行。地階レストランは今年3月に撤退し、閉店したまま=唐津市本町

 年末回顧の人物編ではないが、今年、県内外で脚光を浴びた佐賀県人というと、この人かもしれない。唐津出身で日本近代建築のパイオニアとされる辰野金吾(1854~1919年)である。

 東京駅丸の内駅舎のステーションギャラリーや京都文化博物館(旧日本銀行京都支店)では辰野の業績を多角的に紹介する企画展が開かれた。いずれも辰野の設計で国重要文化財に指定されている。

 テレビの美術館巡り番組は特集を組み、東京の最新事情を紹介するネットマガジンは「東京駅を設計した大建築家、辰野金吾を生んだのは何県でしょう?」というトリビア(雑学)を出題していた。

 没後100年に加え、明治維新150年の余韻もあっただろう。東京五輪に向けて大規模開発が進む東京をはじめ、近代建築が残る大都市のビジネス街で歴史的な建物が失われていくことへの哀惜と危機感があるのかもしれない。

 地元唐津をはじめ県内でもさまざまな企画や動きがあった。佐賀城本丸歴史館の特別展「東京をつくった佐賀人たち」は都市計画という時宜にかなった視点から、第2代東京府知事として巨大都市の礎を築いた大木喬任を中心に辰野らの業績にスポットを当てた。

 辰野が監修した旧唐津銀行には肥前さが幕末維新博覧会時と同じモニュメントが設置され、辰野を顕彰する施設名を願う市民団体の熱意が実り「辰野金吾記念館」という別称を冠することになった。

 ただ入館者数は維新博のサテライト会場となった前年度を除けば横ばい状態で、しかも地階のレストランは3月で撤退したままだ。

 運営立て直しに向け唐津市は地階を含め指定管理に切り替えたが、公募に手を上げたのは展示フロアを管理してきた唐津観光協会のみ。さらに協会が提出した事業計画や誘客策、市の選考過程をめぐって12月定例市議会で疑問の声が相次ぎ、議案が否決された。

 当面、現在の状態が続くことになるが、中心街再生と観光の拠点として8億8千万円をかけたリニューアル事業で地階レストランはもう一つの目玉施設だっただけに、閉店休業では済まされない。

 各地で近代建築を生かしたまちづくりが進む。佐賀市の旧古賀銀行は大正ロマンを感じる観光スポットとして人気だ。1階フロアのカフェは毎週末、コンサートが開かれ、市民の憩いの場になっている。市重要文化財で、ガス器具が使えないなど制約があるが、運営者の情熱と利用者の評判、そして行政のサポートが後押しする。

 峰市長は10月、辰野を「唐津が誇る日本近代建築の父」という統一呼称で内外にPRしていくと胸を張った。ならばこの好機を逸せず、誇るべき唯一の地元遺産である旧唐津銀行をどう活用していくか。行政の主導で広く英知を集める時だ。(吉木正彦)

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