御裳捧持者姿の多久龍三郎氏(多久市郷土資料館蔵) 

 多久龍三郎氏(1901~83年)は、旧多久領主の後を継ぐ男爵多久茂穀氏の長男で、昭和天皇のご学友として学習院に入学しました。

 当時、学習院在学の華族の子弟のうち、成績優秀者の中から、新年の宮中儀式で皇后・皇族各宮妃殿下の洋装大礼服「マント・ド・クール」の裾を捧持(ほうじ)する少年たち(御裳=おんも=捧持者)が選ばれていました。写真は、1916(大正5)年に御裳捧持者に選ばれた、15歳の龍三郎氏です。

 衣裳は藍のビロード地で、胸の左右に5対の鞠毛(まりげ)と、左右の袖とズボンにも同じ鞠毛がついています。腰には剣をつけ、背中には大きな羽飾りがついた帽子が吊られています。白い靴下に黒いエナメル靴を履いた、大変豪華な装いです。龍三郎氏は、大正天皇の皇后である貞明皇后の御裳捧持者を務めました。

 龍三郎氏は運動も得意で、運動会の時、駆けて行く背中に向かって昭和天皇が「多久待て」と叫ばれた、という逸話も残っています。

 学習院を卒業後、東京帝国大学の史学科に進まれ、戦時中に多久へ疎開されたときは村長も務められました。58(昭和33)年には多久家資料を多久市へ寄贈されるなど、父祖の地多久へ多大な貢献をされました。(志佐 喜栄=多久市郷土資料館)

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