学校の運動部活動において、暴力や高圧的言動といった不適切な指導がなくならない。「自分もそういう指導で成長した」という旧態依然の考えをいまだに持つ指導者が少なからずいるのだろう。意識改革は依然として進んでいない。

 今年5月、兵庫県の市立高校男子バレーボール部の体罰が問題となった。3年生部員が体育館でコーチの男性臨時講師に10回以上平手打ちされて意識を失い、鼓膜損傷などのけがを負った。学校側が調査に乗り出すと、硬式野球部でも部長と男性臨時講師による部員への体罰が発覚。両部の教諭ら計6人が停職や減給の懲戒処分を受けた。同校は高校スポーツ界の名門校で、勝利至上主義の下に暴力的指導が常態化していた。

 スポーツには勝者がいれば敗者もいる。かつてアマチュアスポーツ界においては「勝たなければ意味がない」という思想が中心で、「熱血指導」と持ち上げられた時代が確かにあった。

 だが、今は違う。国のスポーツ基本計画は、過度の練習がけがのリスクを高め、必ずしも体力、運動能力の向上につながらないとする。生徒とコミュニケーションを十分に取り、競技力向上に向けて科学的トレーニングを積極的に導入していくことも求めている。休養を適切に取りつつ、短時間で効果が得られる指導だ。

 佐賀県内でも10月に不適切な指導が明るみに出た。バスケットボール強豪高校顧問の男性教諭が複数の部員に対し至近距離からボールをぶつけたり、「死ね」「殺すぞ」「部活辞めろ」などの暴言を浴びせていた。県内の先輩指導者は「生徒にうまく伝える知識がないので、手を出したり、暴言を繰り返してしまう。教える上で生徒の『なぜ』に答え、うまく伝える言葉、手段を身に付けなければいけない」と諭す。

 現役時代にそういう指導を受けていた場合、自分が教える側になると抑圧的な指導を行ってしまうのだという。指導のあり方が大きく変わる中で、うまく適応できず、暴力や暴言を「程度の問題」として片付けている指導者がいるのではないか。力で抑え込む指導を続けていては、子どもたちが同じ轍(てつ)を踏んでしまう。時代錯誤の考えは今すぐ改めてもらいたい。

 威圧的な指導を受けた生徒は指示された通りのプレーに固執し、プレーの幅が狭くなるとする指摘もある。元プロ野球選手の桑田真澄さんが興味深いことを語っていた。「三振して殴られると、次はバットに当てるだけになる。体罰や恐怖心は萎縮させるだけ。決して上達しない」。的を射た言葉だ。

 一方で、生徒へのアプローチ法に悩む指導者に対しては、具体的なフォローが必要であろう。競技団体は「体罰根絶」を掲げるだけに終わらず、こうした指導者が抱える悩みやストレスを軽減するための相談窓口を常設するなど知恵を絞ってほしい。不祥事を起こした人を排除しているだけでは、根本的な問題解決にはつながらない。

 心理学や科学的トレーニングを学ぶことでアプローチ法を変え、以前にも増して子どもたちの心身の成長をバックアップしている指導者を多く知っている。スポーツ本来の意義である「楽しさ」「喜び」を第一義にした指導の広がりを期待する。(市原康史)

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