第三章 疾風怒濤(四十一)

 薩長同盟は攻守同盟までは進んでいないのだが、大隈たちは過大評価していた。
「たとえ薩摩がやろうと、われらは武力で幕府と戦うつもりはない」
 そう言うと閑叟が湯船から出た。さすがに湯につかりすぎたのだろう。その時、一物がちらりと見えた。その大きさに圧倒されまいと、大隈は強い口調で言った。
「それがしも戦うことは好みません。しかしわれらが長州方に付くという姿勢を示したらどうでしょう。幕府方とて諸藩の集まりにすぎません。いかに幕命であろうと、われらに向かってくる藩はないはずです」
 それが幕末の現実だった。いかにも徳川家の威令はいまだ浸透している。過去に多くの大名たちが改易(かいえき)や減封(げんぽう)に遭ってきたことを思えば当然だろう。だが改易や減封が盛んに行われた時期は、軍事力に大きな差があり、罰を受けた藩は抵抗すらできなかった。ところが今、佐賀藩には最新の兵器がある。例えば、徳川家の先鋒を務めるのが慣例となっている彦根藩が本気で佐賀藩に掛かっても、青銅(せいどう)砲が主力の彦根藩と、鉄製砲が主力の佐賀藩とでは射程に差があるため、勝敗は歴然だ。おそらく彦根藩は、戦う前に壊滅的な打撃をこうむることになる。
 となれば彦根藩でさえ戦うことに二の足を踏み、逆に調停に乗り出すかもしれないのだ。
「そなたは――」
 閑叟が再び湯につかりながら言う。
「わしを賭場(とば)に引き出し、全財産を張れと言うのだな」
「そうです」
 副島の「よせ」という叱声(しっせい)が聞こえたが、大隈は意に介さない。
「しかも負けが込んで、身ぐるみ剥がされようとしている長州を救うためにだ」
「そうです」
「さすがに諸藩が全力で掛かってくれば、われらだって負けるぞ」
「その時は薩摩が動きます」
「その保証はない」
「動かなければ、次にやられるのは己だと、彼奴らは分かっています」
 薩摩が一会桑(いっかいそう)勢力のみならず、幕府とも距離を置き始めており、それを幕府が快く思っていないのは明らかだった。仮に長州や佐賀が滅べば、再び強大な力を握った幕府の鋭鋒が薩摩に向けられるのは歴然だった。

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