第三章 疾風怒濤(三十六)

「副島さん、そんなことより用件を話しましょう」
 大木民平(みんぺい)こと喬任(たかとう)は大隈より六つ上、副島より四つ下の三十五歳。少年時代から英才の誉れが高く、十七歳から義祭同盟の一員として活動してきた。無類の大食漢として知られ、皆で膳を囲んで夕餉(ゆうげ)を取るとなると、まず大木の前にどんぶりいっぱいの茄子(なす)の煮つけが置かれる。それを大木が一人で食べている間に、皆は酒を飲みながら、ゆっくりと食事を楽しんだという。
 また大木は、副島や大隈のような苦み走ったいい男とは違い、醜男(ぶおとこ)の上に背も低くて太っている。だが本人は「万事人の言うことを意に介さない」という流儀で、淡々と勉学に励んでいた。
「民平、話してやれ」
 副島から促された大木が語り始める。
「公務で大坂に行ってきたのだが、大坂では再度の長州征討に向かう兵たちで、ごった返していた」
 大木によると、五月七日に将軍家茂(実際は一橋慶喜)は、三十一もの藩に長州への出兵命令を出し、いよいよ第二次征討を本格化させたという。
「このままいけば、間違いなく大戦になる」
 大隈が問う。
「薩摩は仲裁しないんですか」
「薩摩の小松さんたちが、さかんに一橋公を諫めたらしいのだが、聞く耳を持たないので困っていると聞いた」
 小松とは、薩摩藩の重役の一人の小松帯刀のことだ。
 副島が話を引き取る。
「どうやら仲裁を装いながら、薩摩は裏で武器弾薬を購入し、長州に与えているらしい」
「ということは戦況によっては――」
 大木が言う。
「そいつは分からんが、長州藩軍は相当強化されているという噂だ。軍艦もあるらしい」
「では、本当に大戦が始まるんですね」
「そうだ。長州は生きるか死ぬかだ。最後の一兵までも戦うつもりだろう。もちろんそうなれば幕府側も、相応の損害が生じるはずだ」
「そんなことになれば――」
 大隈の言葉を受けた副島が言う。
「外夷(がいい)に付け込まれる」
 三人が苦い顔をする。
 内乱の危機がそこまで迫っていた。

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