「あの、お武家様」。往来で若い女中が侍を呼び止めた。病身の母から急ぎの手紙が届いたが、字が読めない。「拙者に読めというのか」と、手に取った侍は涙を流す。「残念だ。手遅れであるゾ」。それを聞いて泣き崩れる女中。通りかかった塩売りまでもらい泣きして…落語「泣き塩」である◆古典落語には字を知らない無筆の人の巻き起こす騒動が数多く描かれている。この演目も身分が高いはずの武士が武芸にかまけ、実は手紙もろくに読めなかったという筋立て。「もし寄席に大ぜい無筆がいたら、こんな話はできない」とはコラムニスト山本夏彦さんの指摘である。識字率が高かったからこそ、読めないことが笑いのネタになった◆昨年の国際学習到達度調査で、日本の高校1年生の読解力低下が目立った。とりわけ文章から必要な情報を探し出し、情報の真偽を見抜く力が弱いという。スマホで短文をやりとりするSNSが普及し、本や新聞などの活字離れの影響が指摘されている。これを笑い飛ばすことができないのは、大人もあまり胸を張れないからだろう◆歌人の伊藤一彦さんは現代の「聞く力」の低下を嘆いている。ネット上の自分本位なコミュニケーションの貧しさが「読む力」にまで浸食してはいまいか◆「残念だ。手遅れであるゾ」と不勉強に泣かされる落ちでは困る。(桑)

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