第三章 疾風怒濤(三十二)

 閑叟の声が高まる。
「そうだ。しかも船ごと売るのではなく、蒸気罐だけ売ったり、海軍所ごと売ったり、相手の要望に合わせて様々な売り方ができる」
 夕日を受けて閑叟の顔は輝いていた。
 ――このお方が、この国の未来を切り開くのだ。
 大隈はそれを手助けしたいと思った。
「大隈、面白くなってきたな」
「はい。面白くなってきました」
 なぜか喩(たと)えようもない感情が込み上げてきた。
 大隈の顔をのぞき込んだ閑叟が、意外な顔をする。
「どうした。泣いているのか」
「いえ、はい――」
「何があっても涙など見せぬそなたが、なぜに泣く」
「何か分かりませんが、目の前にとてつもなく大きな未来が開けているような気がするのです」
「とてつもなく大きな未来か。だから泣けてきたのだな」
「申し訳ありません」
「いや、いいのだ。その未来という代物の扉を、そなたは押し開けられるか」
「えっ、それがしが――」
 その扉を開くのは閑叟だと、大隈は思い込んでいた。
「そうだ。そなたら若者が未来の扉を押し開くのだ」
「ご老公も一緒に扉の向こうに行きましょう」
 閑叟が笑みを浮かべる。
「それができたら、どんなに楽しいか」
「そうです。英国でも未来でも、この八太郎が、どこまでもお供します」
「よし、分かった。そなたと一緒に行けるところまで行ってやろう。さすれば、また商いのネタが浮かぶかもしれんからな」
 夕日を受けて閑叟が高笑いをした。それにつられて大隈も笑うと、何のことやら分からない顔をしつつ、周囲にいた重臣や近習も笑い出した。
 鍋島主従の笑いに包まれた凌風丸が、三重津の桟橋(さんばし)に着岸した。
 その瞬間、未来が始まったことを、大隈は実感した。
 ――よし、やってやる!
 胸底からわき上がる英気は、もはや爆発寸前となっていた。

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