文化勲章の受章が決まった中野三敏さん/文化勲章の受章が決まった中野三敏さん

  文化勲章受章者で、江戸文学研究の第一人者として知られる中野三敏(なかの・みつとし)九州大学名誉教授=東京都調布市=が11月27日午後1時50分、急性肺炎のため死去した。84歳。武雄市出身。葬儀は近親者で営んだ。喪主は長男の学而(がくじ)さん。

 中野さんは1935年生まれ。父は初代武雄市長の敏雄氏(1898~1999年)。中学卒業まで武雄市で育った。早稲田大大学院修士課程修了。愛知淑徳短大助教授を経て、九州大学文学部教授、学部長などを務めた。

 徹底した文学・人物研究をベースに、江戸文化の通説を覆した。従来の歴史観は前期と後期に二つのピークがあるとされていたが、文化的な谷間とされてきた18世紀に成熟期を迎えていたと明らかにした。

 また、浮世絵師・写楽の正体が阿波藩お抱えの能役者・斉藤十郎兵衛であることも立証した。

 81年に「戯作研究」でサントリー学芸賞、角川源義賞を受賞。85年に「近世子どもの絵本集 上方篇」で毎日出版文化賞受賞。98年に紫綬褒章。武雄市の名誉市民にも選ばれている。

 2016年、洋画家の岡田三郎助や陶芸家の青木龍山さんらに次いで、佐賀県内から5人目の文化勲章を受けている。

■伝記研究優れていた ロバート・キャンベルさん

 中野さんと親交があった国文学研究資料館長のロバート・キャンベルさんの話 先生は生来の人好きで、伝記研究が最もさえていた。深くて吸い込まれる文章だった。根拠となる原資料を自分の目で見て足で集め、しかも盲信しない。重箱の隅をつつくように慎重だが、そこから非常に大胆な発見につなげていった。

 ハーバード大学の学生時代、図書館にあった中野先生の研究に傾倒した。指導教官として受け入れてもらい、日本にとどまる基盤をつくることができた。先生の声が聞けなくなるのは、自分の一部をえぐり取られたようなさみしさがある。

このエントリーをはてなブックマークに追加