南面の左が鍵型

 佐賀市久保田町上新ケ江は、町の中央部の西方で福所江沿いに位置しています。慶長年中(1596~1615年)の肥前国絵図に新開村とあり、現在でも新開という集落があります。

 天明の郷村帳(1783年)では上新ケ江とあり、干拓による新田集落が形成されました。この集落は平たん地で、屋根の型は典型的なくど造りが多いようです。

 くど造りは、佐賀地方の大風に対する屋根の保護と家屋の倒壊を防ぐ手段として採用されたものと思われます。松下家は鍵屋(かぎや)型くど造りで、鍵屋となって飛び出す部屋は南面で座敷を付けています。

 屋根を三つに分けると構造は面倒になりますが、屋根は低く、風圧は小さくなるばかりか、三つの屋根がお互いに控壁の役割を果たして極めて丈夫になります。人々が大風に悩まされ、最後の知恵としてくど造りの屋根が出現したものと思われます。

 地区内には金毘羅社、祗園社、昆沙門社など多くの神仏が祭られています。これらの社は、地区の鬼門、裏鬼門に当たる所にあります。人々の災難よけと幸せを願って建てられたと思われます。(北原學)

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