〈国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった〉。有名な冒頭で始まる川端康成の小説『雪国』。ラストに冬の星空が描かれる。東京に妻子がいる島村と、雪国の温泉地にいる芸者の駒子との別れを暗示する場面である◆〈「天(あま)の河(がわ)。きれいねえ」駒子はつぶやくと、その空を見上げたまま、また走り出した。ああ、天の河と、島村も振り仰いだとたんに、天の河のなかへ体がふうと浮き上がってゆくようだった〉。彼方に輝く星。〈光雲(こううん)の銀砂子(ぎんすなご)も一粒一粒見えるほど〉という描写が印象的だ◆ここ数日、めっきり寒くなって、静まりかえる初冬の空である。ふと足を止めて見上げると、瞬く星のもとにいることに気づく。最も明るい星である1等星は全天で21個だが、うち8個は冬の星座にある◆中でもオリオン座には2個の1等星がある。赤い星ベテルギウスと青白い星リゲルである。ベテルギウスの直径は太陽の500倍から1千倍の間で風船のように膨らんだり縮んだりしており、5年半の周期で明るさが変化して見えるという◆小説では2人が近くで起きた火事の現場に走る途中、吸い込まれるように澄み渡った星空を見上げる。それは、川端が小説の舞台越後湯沢で見たものであったろうか。たくさんの照明が広がる今はなかなか見られない繊細な世界である。(丸)

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