オーケストラの指揮者は一日にどれくらい手を振るのだろう。岩城宏之さんは自ら確かめたことがあるという。ベートーベンの「運命」は第1楽章からフィナーレまで30分弱の曲だが、合計2249回も指揮棒を振っていることが分かった。一日平均4時間半ぐらい練習するとして、2万回前後も腕を振っている計算になるのだとか◆指揮者はただリズムを刻んでいるわけではない。楽団員一人ひとりに音を出す瞬間の時差があり、音の強弱の感じ方にも違いがある。それぞれのズレを「もう少し早く」とか「遅すぎる」とか細かく微調整していく。同じ曲でも指揮者が変わるとまったく違う、といわれるゆえんである(「楽のとき」)◆秋も深まり、各地から紅葉の便りが届く。冬支度を急ぐ山の木々がさまざまな彩りを見せるのも、自然という「指揮者」が奏でる絶妙なハーモニーに思えてくる。この週末は絶好の行楽日和になりそうである◆伊万里市では今夜、花火大会も開かれる。〈金のあざみ、銀のあざみ。柳の雪が燃え、散る菊にダリヤを重ねる。五彩の花々は、絶え間なく空を染め、絶え間なく空に吸い込まれた〉。永井龍男は『風ふたたび』に花火をこう描いている。抑制的な名文家には珍しい華やかな筆致に、心躍る様子が伝わる◆秋の夜空にまたたく光のハーモニーもまたいい。(桑)

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