佐賀の蜂と養蜂から始まった「サッポロ・ミツバチ・プロジェクト」を紹介する多久島和子さん=神埼市神埼町

札幌市のビルの屋上に設置された巣箱。ミツバチの様子を見ている=2018年6月(提供)

ビルの屋上に設置された巣箱に蜜を集めたミツバチ=2018年(提供)

 札幌市在住でNPO法人会員の多久島和子さん(66)が、神埼市神埼町の実家で、札幌のビル街の養蜂によるまちづくりを紹介している。NPO法人「サッポロ・ミツバチ・プロジェクト(さっぱち)」の取り組みで、亡き父の佐賀での稼業が原点。「佐賀と札幌をミツバチでつなぐ活動を知ってもらい、新しいつながりが広がれば」と話している。

 札幌で暮らす多久島さんは2007年、母の他界をきっかけに養蜂家だった父・城島常雄さんを呼び寄せ、同居を始めた。知り合いもおらず、慣れない土地で暮らす父。ある日、多久島さんは地元の新聞で市民団体による「さっぱち」の始動を知った。「ミツバチを見て元気になれば」と常雄さんを誘って訪ねると、ミツバチも養蜂道具もない状況だった。

 2人はすぐに使い慣れた養蜂道具を取りに神埼の実家に戻り、ミツバチも佐賀の養蜂家に手配した。常雄さんは「師匠」「お父さん」と慕われながら、メンバーに養蜂や採蜜の方法を一から指導した。ビルの屋上で制約があり、すぐにミツバチの様子を見に行けないなど苦労もあったが、試行錯誤しながら、都市型養蜂を確立した。屋上緑化やカラス対策、食育といった多様な効果があるという。

 「師匠」は2016年に91歳で亡くなったが、ミツバチに対する姿勢や技術は引き継がれ、佐賀にルーツを持ったミツバチたちが札幌の街中を元気に飛んでいる。さっぱちの活動は10年目に入った。「北海道開拓の父」として知られる佐賀藩士になぞらえて、「札幌では父のことを『平成の島義勇』と言ってくれた人もいる」と多久島さんは笑う。

 実家を開放し、活動の様子を写真や映像で発信。「お茶気分で気軽に立ち寄って。都会の蜂はどこに飛ぶか分からず、採蜜日で味が変わる蜂蜜の試食もぜひ」と多久島さん。ライラックにラベンダー…。いろんな花から集めた蜂蜜を販売している。自宅は神埼市神埼町神埼43。11月末まで開放している。

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