現在は用水路となっている阿弥陀川=鳥栖市飯田町

 鳥栖市飯田町は市東端の町区。昔は筑後国御原郡福童村(現小郡市西福童)との国境の村でした。境界には阿弥陀川という小さな川が流れ、福童村側に古代の西海道西路(筑後道)が通っていました。古代道の跡は田畑などの区画で残っています。

 飯田(通称・いーだ)の地名は低湿地の中の微高地に多く付けられており、ここでは弥生時代の集落跡も見つかっています。

 文書では承元3(1209)年、佐賀市大和町にある河上神社のお祭り・流鏑馬(やぶさめ)神事の費用負担をしたことがまず見えます。

 次には鎌倉幕府の鎮西探題が出した文献の中に「飯田彦三郎種□(不明)」の名前が出てきます。「種」を名前の中に入れるのは、政庁の蔵を管理していた大蔵一族に関係ある武将でしょう。国境の村なので、代々武将がいたことが考えられます。(参考『鳥栖市誌第3巻』)(藤瀬禎博・鳥栖郷土研究会長)

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