斑唐津盃

「酒は天与の美禄なり」

 「酒は天与の美禄である」と書いたのは白洲正子らと親交が深かった文筆家であり骨董蒐集家の、秦秀雄である。天与の美禄…僕の場合、酒といえば日本酒、日本酒といえばサカズキになみなみと注がれた佐賀ん酒を想い起こす。

 秦さんは「天与の美禄は料理の味わいを発揮せしめる」とも綴っている。酒は食があって、また食は酒があってお互いを昇華させるもの。佐賀には美酒美食が溢れている。

 言わずもがな佐賀は日本有数の酒どころ。数多の美酒に海・山の幸…特に晩秋・初冬のそれらと言ったら。僕は年間5、6度、佐賀を訪れるが訪問履歴が格段に多いのが11月。それらの魅力にいざなわれて、なのはお察しの通りだ。これからもずっとずっと、そうなんだろうなぁ。

ならば器は古唐津にて

見込み(底部)に点在する窯変が見どころ

 佐賀ん酒と食を愉しむのであれば、器も疎かにはできない。サカズキには古唐津をもってその任に充てたい。この時期であればお茶碗よりちょい小さいめぐらいの、碗なりが気分だ。それをグイとつかんで常温、辛めの純米酒をなみなみと注ぎ、グビグビと味わう…そんな感じが僕にはしっくりとくる。

 さて、手元のサカズキである。「斑唐津(まだらからつ)」と言われる唐津市北波多の皿屋窯、または帆柱窯あたりでつくられたもの。ざっくりとした陶土をスピーディに成形した轆轤目、ぞんざいにかけられた釉薬やキリッとした高台…奔放さと品の両存加減が好ましい。

 呑み心地はといえば口辺が薄く、口当たりはなめらかでなかなかによろしい。高台に向けて器胎は厚くなり、手持ちは見た目より軽い。それ故か。一旦酒盛りをはじめると、さぁもう一杯もう一杯ということになる。

 そして…見込みにひろがるポツポツとした青い斑点。このサカズキ一番の見どころはまさにそこ。酒を注ぎ、サカズキを重ねていると青みが深みを増していく。そのさまはなんとも美しい。

 呑み倒し、使い倒して5年ほど経つ。最近は見込みがトロっとしてきて酒映えがたまらなく良い。更に更に器量をあげたいがため、サカズキに酔いたいがため、僕の酒量は増えていく。
(文・村多正俊、写真・吉井裕志 毎月第2金曜日掲載)
 


むらた・まさとし 1966年、東京都町田市生まれ。ポニーキャニオン・エリアアライアンス部長として映像や音楽を活用した各地の地域活性化事業をプロデュース。古唐津、佐賀の風土に魅せられ、WEB、雑誌、新聞等を通じてその魅力を発信している。世田谷区在住。

 

【解説】斑唐津盃(まだらからつはい)

 白濁した釉薬(斑釉とも言う~茅や藁等の灰を主原料として調合される釉薬)を施し、焼成した唐津焼を斑唐津(まだらからつ)といいます。なぜ「まだら」と称するのか。諸説があり、焼き上がったモノの表面の釉調がまだら状になるから、と言われたりしていますが定かではありません。唐津市の帆柱、皿屋、道納屋谷、平松、大谷、山瀬、伊万里市の櫨ノ谷、大川原、金石原、藤の川内、椎ノ峰、武雄市の宇土ノ谷、佐世保市の長葉山、波佐見町の下稗古場が焼成された場として知られています。美しい釉調、更には生産量が他の古唐津(無地唐津、絵唐津、黒唐津等)と比較して少量であることも手伝い、古唐津ファンの間で人気があります(それ故か、世間に出回っている多くが贋物であることもここに記しておきます)。

 掲出のサカズキは唐津市の皿屋、帆柱で出土した類型陶片が有する特色(陶土、釉調)を有し、そのいずれかで焼成されたものと考えられます。
 

帆柱古窯に散在する斑唐津の陶片


 皿屋、帆柱等、このエリアで産する砂岩から精製する陶土は目が粗くざっくり。そこに掛けられる白濁釉とのコントラスト、特に還元炎で焼き上がったものは各所に生じる青い窯変が美しく、ファンの琴線を揺さぶります。本文でも触れていますが、このサカズキの見どころはなんと言っても見込みに点在する窯変部位。これらも使用頻度に一層魅力が増すようです。硬質でありながら、親水性の高い唐津焼は使用しているうちに貫入等に酒や水が入り込み、それらがサカズキの表情に変化を与えます。「使えば使うほど自分のものになっていく」わけです。この斑唐津のサカズキも発掘品時の見込みはノペッ、とした無表情なものであったよう。左党の所有者を経て、斑点が青みを帯びるように(前所有者に時折このサカズキを披露するたびに現所有者は驚かれるようです)。堅牢で、かつ自分の分身のように育ってくれる…まるでリーヴァイス501のように馴染んでくれるサカズキの魅力は尽きず、愛着は深くなっていきます。

斑唐津 見込み
斑唐津 高台
器高4.5センチ、口径8.3~8.8センチ、高台径4センチ
 

無地唐津碗なり盃

 今回のメイン写真手前にある、碗なりのサカズキについても書いておきましょう。連載1回目、勝見さんが採り上げた無地唐津筒盃の、碗なりバージョンです。昭和の発掘ものと思われ、くっつきがあったり、歪んでいたり…なんですが、器自体のダメージは少なく、その手持ちの良さや深さ、佇まいがこざっぱりしていて好感がもてるサカズキです。古唐津ファンの呑兵衛さんにはたまらないだろうなぁ。

無地唐津 見込み
無地唐津 高台
器高5センチ、口径7.5~8.5センチ、高台径3センチ
 

 さて、おんなじ無地唐津といってもこちらは焼かれた場所が明らかに異なるところがポイントです。釉薬、施釉法(高台まで施釉する総釉)、陶土、焼成法(高台に残る4つの砂目跡)などから有田町周辺の原明、小物成、天神森、小溝、清六の辻、迎の原高麗神等の窯で焼かれたもの、と考えられます。また連載第1回目のサカズキは安土桃山時代と書きましたが、今回のサカズキが作られていた頃は磁器も焼かれていた頃=江戸初期ぐらいでないかと考えられます。当時はこのサカズキのような陶器と磁器が同時に焼かれていたようです。
 

磁器片に付着した陶器片

 (初期伊万里と古唐津)がくっついた欠片の写真 今回採り上げた斑唐津に無地唐津、いずれも文禄慶長の役を経て日本に来た朝鮮半島の陶工により作られたものです。作り手の骸はすでに土と化していますが、作られたものは今をもって僕らにやすらぎをくれています。こんなストーリーを感じながらこれら古唐津に接していると佐賀の歴史の奥深さを感じ得ずにはいられません。
(文・村多正俊)

 

サカズキノ國
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