左から古賀釀治社長(窓乃梅酒造)、前田くみ子社長(古伊万里酒造)、七田謙介社長(天山酒造)

 幕末の藩校・弘道館を現代版に再現した県の事業「弘道館2」の特別講座「大人の弘道館2」が10月26日、小城市小城町の天山酒造で開かれた。20歳以上の“大人”を対象にした講座の開催は初めて。窓乃梅酒造の古賀釀治社長、天山酒造の七田謙介社長、古伊万里酒造の前田くみ子社長が講師を務め、「佐賀の日本酒学」と題し、佐賀の歴史や食文化、酒のたしなみ方から佐賀の酒の魅力を語った。講義の模様を詳報する。

 

歴史に見る佐賀の酒

◆鍋島藩、酒造りに尽力

 佐賀の酒がうまい理由、それは豊かな土地柄にあった。佐賀平野は広大な稲作地帯で、脊振山系、天山山系、多良山系という良質な伏流水に恵まれている。そのため、仕込み水を豊富に確保することができた。
 佐賀の酒の歴史は古く、鎌倉時代には幕府に献上していたという言い伝えもある。
 相当数の酒屋が創業し始めたのは江戸時代、1688年の元禄時代にさかのぼる。鍋島藩は46萬石以上を有し、多くあった余剰米を利用した酒造りを奨励していた。

 江戸時代末期、とても貧しかった鍋島藩は、財政を立て直すために鍋島直正公が、石炭や陶器、酒などを藩外に売り込んで外貨を獲得していた。特に酒造りに尽力し、米がないところにも藩の米を貸し付けて酒を造らせるほどだった。直正公は、1石2~3両の収益にしかならない米を売るより、1石10両にもなる酒の販売に注目していた。この功労は、大隈重信の「早稲田清話」にも記載されている。
 また、うまい酒造りの研究も奨励し、窓乃梅酒造8代目、古賀文左衛門は1860年、60歳の時に、当時“いい酒が造られる場所”として名高かった兵庫県西宮市の灘地区に、質の高い酒造りの勉強に出かけている。
 時代は現代に移り、平成16年に佐賀県産原料を100パーセント使用してできた酒だけが認定される「佐賀県原産地呼称管理制度」が、同25年には「乾杯条例」が施行された。2つの制度と条例のおかげで、県内の蔵元(くらもと)は純米酒に力を入れ、より一層切磋琢磨(せっさたくま)して酒造りをするようになった。国際的な品評会でも賞を獲得するようになり、県内外で評価される酒に急成長した。
 近年は3年連続で出荷量を伸ばし、特に「佐賀の風土が生んだ独特のうま味」を感じられる純米酒の出荷量が多く、輸出量も増えている。「飲み過ぎてしまうほどおいしい」という評価を受ける佐賀のお酒。世界で佐賀の酒を飲むことができる時代になった。

参加者に振る舞われた佐賀の酒の一部(右から)「岩の蔵純米吟醸サファイア」天山酒造/「前モノクロームプラス」古伊万里酒造/「七田純米大吟醸無濾過」天山酒造/「古伊万里前純米大吟醸」古伊万里酒造

◆「酒道」

 室町時代には、茶道、書道、華道と同じように酒道があったという言い伝えがある。それぞれの地域や身分で酒のたしなみ方は違い、それを楽しむ文化があった。
 主に、太宰府天満宮の曲水の宴で知られる公家流にはたしなみ方や決まり事があり、目上の人を大切にする武家流、自由にたしなむ商家流がある。県内では、佐賀と唐津で酒の流儀が違うのが特徴だ。
 佐賀は武家流を踏襲し、目上の人にいわゆる「お流れ頂戴」の意味を込めて「いただきます」と言って“もらいに行く”のに対し、唐津は目上の人に“つぎに行く”のが主流。「佐賀流のやり方は唐津では通用しない」とも言われている。

◆季節の酒

菊の花を浮かべた酒

 多くの蔵元は、季節にあった酒の提案をしている。例えば、一夏越した味と香りを楽しむお酒「ひやおろし」、春には新酒のしぼりがある。
 飲み方もさまざまで、正月はとそ薬効などを入れたとそ酒、秋は菊の花びらを浮かべた菊酒がある。酒は、季節ごとに風流な楽しみ方がある。季節に応じて、酒にも旬があり、旬の食材を用いた料理と酒を合わせることが一番おいしい楽しみ方だと思う。

 

窓乃梅酒造の「純米大吟醸閑叟(かんそう)」で乾杯する大人の弘道館2の参加者=小城市小城町の天山酒造

 

佐賀のお酒の未来学

●七田 蔵元の海外戦略

コイのあらいや魚ロッケなど佐賀のおつまみを楽しむ参加者

 近年、佐賀の蔵元は海外に進出し始めている。アメリカとアジアを中心に輸出し、海外では、主に和食レストランやすしやで日本酒が飲まれている。
 海外の展示会に参加したり、小売店や飲食店で蔵の説明や酒の解説をしたりして、販路拡大に向けた努力を重ねている。レストランのサーバーを対象にした勉強会も開き、蔵やお酒の知識はもちろんのこと、食との組み合わせ方も提案している。
 海外のお酒の品評会にも積極的に参加し、異業種とのコラボレーションも欠かさない。和食だけでなく、世界の料理の食中酒として楽しめるお酒を目指していく。
 ただし、一番大切なのは、国内でしっかりいいものを造り、地元の食材に合うお酒を提案すること。そこから海外に広がっていくことができたらと願っている。

●前田 女性視点の酒造り

菊の花を浮かべた酒を楽しむ参加者

 自分自身、県外の大学に進学して初めて、佐賀の魅力を強く感じた。「多くの人に佐賀に来てもらいたい」―その思いを強く持って酒造りをしている。
 陶器、お茶、酒など佐賀には豊かなものがそろっている。互いを通じて、互いの知らない世界を教え合える資源が存在している。
 たとえば佐賀は、1つの食卓を作る提案ができる魅力をもつ。諸富に代表されるテーブル、椅子などの家具、陶器、酒もあり、海の幸、肉も野菜もある。
 女性経営者故に、「女性の視点」と捉えられることもあるけれど、与えられた立場で、自分が気づいたことをどのように実行できるか。それを常に考えて仕事をしている。結果的に、女性らしい細やかさや、女性ならではの気づきが垣間見えるのかもしれない。
 「どうやって自分たちが作っているものを人に伝えていくか」、そのことを日々考えながら過ごしている。「伊万里らしさ、女性らしさ、伝統をまもる、つなげる、繋がる、佐賀人」。一つの輪としての食卓を届けることを目標に、つなげていきたい。

「前(さき)」を振る舞う古伊万里酒造の前田くみ子社長

 

Q&A

Q.今後、SNSをどのように活用するか。
A.七田社長
「若い人にどう日本酒を発信していくかは業界の課題。飲酒人口自体が減っているが、量より質を大事にする時代になった。料理とどう合わせるか。周辺のものとミックスしたらどうなるかという情報をSNSなどを活用して発信していきたい」

Q.これからどのような日本酒を造りたいか、流行する日本酒は?
A.七田社長
「シャンパンに負けないスパークリング、世界的に愛される乾杯酒を造りたい。アルコール12~13度でも、飲みやすくバランスがとれた、味わいのある日本酒も開発したい」
 前田社長「新しいものを造るというよりも、今あるお酒をどんな料理と合わせるか。マリアージュを楽しむことができるように、今あるお酒を洋食、和食いろんなものと合わせて楽しみ方を広げたい」

Q.佐賀のよさをどのように県民に広めていくか。
A.前田社長
「“当たり前にある”ことが魅力であることをSNSなどで発信したい。自分で発見して、自己PRできるようにしていかなければいけない」

 

佐賀弁でメッセージ

 

【古賀】「佐賀んもんは佐賀の酒。佐賀ん酒の宣伝ばがばいしてね!」
【七田】「そいぎんた、佐賀のお酒を私たちの誇りとできるよう、いい酒造りを目指す」
【前田】「佐賀ん酒ば飲まんね。みんなで飲まんばよ!」

◆「弘道館2」とは◆ 幕末佐賀の藩校・弘道館を現代に再現した県の人材育成事業。佐賀県内の若者を対象に、さまざまな分野の最先端で活躍する県内ゆかりの講師を招いて学ぶ。コーディネーターは電通の倉成英俊さん(佐賀市出身)。問い合わせは事務局、0952(40)8820。

 

このエントリーをはてなブックマークに追加