27日に実施された参院埼玉選挙区補選の投票率は20・81%と、国政選挙として4番目に低かった。4月の統一地方選、7月の参院選、8月の知事選と大型の選挙が続き、有権者に「選挙疲れ」があったことに加え、台風19号が県内に大きな被害をもたらしたことも影響したのかもしれない。

 しかし、国政の場に代表を送り込む選択が、有権者の5分の1の意思で決まってしまうのは異常だ。同じ日の宮城県議選も34・80%と過去最低を記録。最近の投票率低下傾向は、選挙イヤーの今年も歯止めがかからず、民主主義の危機とも言える。各政党はもちろん、有権者も深刻に受け止めてもらいたい。

 参院埼玉補選が低調だった大きな要因に挙げられるのは、独自候補を立てなかった自民、公明の与党の対応だ。欠員が生じた場合に行われる4月と10月の衆参両院の補選は、その時点の民意を確かめる貴重な機会。本来なら、与党が候補を擁立し、安倍政権のいまに対して審判を仰ぎ、その結果を政権運営に反映させるのが筋だろう。

 にもかかわらず、与党が見送ったのは、いくつもの理由があるようだ。立憲民主、国民民主両党県連が支援する相手候補の前知事、上田清司氏が“強敵”で、「敗北」より、「不戦敗」の方が政権へのダメージが少ない。今回議席を獲得すると、3年後の参院選で候補者調整が難しくなってしまう。上田氏は憲法改正にも柔軟だから、今後の連携を期待して対決を避けた―などである。

 だが、いずれも内輪の論理で、有権者に真摯(しんし)に向き合っているとは言い難い。与野党が対決するような構図にならなければ、選挙戦は盛り上がりようもなく、有権者に選択肢を提示するのは政党の責務だ。それを放棄した「不戦敗」は、民主主義を脅かす、壊しかねない行為ではないのか。

 一方、有権者側も自覚が求められている。統一地方選前半戦の41道府県議選の投票率は44・08%、17政令市議選43・28%、後半戦の59市長選47・50%、283市議選45・57%と過去最低を更新している。安倍政権に対する中間評価と言われた参院選も、48・80%(選挙区)とワースト2の数字。「半数未満民主主義」がすっかり定着した。

 行政側も手をこまねいているわけではない。商業施設などに期日前投票や当日投票の場所を設けたり、移動期日前投票所を試みたり、投票所行きのバスを巡回させたり、投票率アップのための環境整備を進めている。

 だが、有権者が投票する気を持たなければ、投票率向上は望めない。終戦直後に中学、高校で採用された教科書「民主主義」はこう教えている。「多数の有権者が自分たちの権利の上に眠るということは、単に民主政治を弱めるだけでなく、実にその生命をおびやかすのである」

 人口減少、少子高齢化の加速により「縮む社会」にいや応なく直面していく中、自分たちの未来は自分たちで考え、決める、という当たり前の行動が何よりも肝心だ。著名な政治学者の丸山真男が説いたように、「民主主義『である』」ことに満足してはいけない。民主主義は一人一人が「行動『する』」こと。それが不可欠なのだ。

 私たち有権者は、憲法が与えた1票を行使する権利の意味をもう一度かみしめたい。(共同通信・橋詰邦弘)

このエントリーをはてなブックマークに追加