徳永川ノ上遺跡(福岡県みやこ町)から出土した「三角縁盤龍鏡」

徳永川ノ上遺跡(福岡県みやこ町)から出土した「耳飾玉」や「装身具」

本行遺跡(鳥栖市)から出土した「石製天秤権(分銅)」

池上曽根遺跡から出土したケヤキ製の「柱根」

亀井遺跡(大阪府)から出土した「石製分銅」

池上曽根遺跡(大阪府)から出土した木製井戸枠のレプリカ

 邪馬台国九州説を軸にした特別企画展「よみがえる邪馬台国」が、神埼市郡の吉野ケ里歴史公園で開かれている。豪華な副葬品を納めた王墓や、弥生前期の大規模環壕(かんごう)が見つかった「豊前」エリアに焦点を当て、邪馬台国の謎に迫る。

 豊前エリアは周防灘に面し、西の筑前や南の豊後を結ぶ陸上・海上交通の要衝に当たる。ここからは後漢鏡や装身具を副葬した王墓が出土した徳永川ノ上遺跡(福岡県みやこ町)をはじめ、弥生前期の大規模環壕の葛川遺跡(苅田町)などが見つかっている。

 企画展では、管玉や勾玉(まがたま)などの装身具や三角縁盤龍鏡など370点を展示している。このうち、貝殻で文様を刻んだ豊前エリア独特のつぼ「貝殻文壺」などからは、四国地方と九州地方の双方の影響が見て取れる。

 また、最近の研究で注目を集めている弥生時代の度量衡制度も取り上げており、近畿と九州それぞれの分銅を併せて並べている。大阪府の亀井遺跡の分銅はてんびん用で、それぞれの分銅の重さが8.78グラムを基準に2の累乗倍で正確に刻まれている。

 一方、鳥栖市の本行遺跡などから見つかった九州の分銅の重さと比較すると、亀井遺跡とはまったく異なる基準で作られたのが分かる。

 さらに、邪馬台国近畿説の裏付けとされる関連史料として、巨大建築物の柱の一部「柱根」や、池上曽根遺跡から出土した直径2.2メートルの巨大な木製井戸枠(レプリカ)なども公開している。

 同公園管理センター歴史専門員の徳久雄一さんは「邪馬台国論議では福岡と佐賀に関心が集中しがちだが、より広い範囲に大きな集落があり、それぞれに独自性を持って発展していた」と話している。

 ▼特別企画展「よみがえる邪馬台国-邪馬台国と豊の国『豊前』」は11月10日まで、神埼市郡の吉野ケ里歴史公園で。観覧は無料だが、入園料が必要。

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