ニューヨークに一人の少女が住んでいた。小児まひで、ずっと病院暮らし。寝たきりの毎日に退屈した彼女は、看護師に封筒と便せんをもらい、病室での出来事を不自由な手で毎日、手紙に書いた。宛名はいつも「誰かさんへ」。15階の病室の窓から外へ投げ続けた。2週間ほどすると、世界中から激励の返事や手紙が届いたという◆開高健さんの芥川賞受賞作『裸の王様』に、米紙ニューヨーク・タイムズで読んだ話題として、こんな挿話が紹介されている。日々の出来事をつづる新聞記事も「誰かさんへ」宛てた手紙のようなものかもしれない、と思うときがある◆徳島県の中学2年生小林大樹さんは、子どもや女性の権利向上を訴え17歳でノーベル平和賞を受けたパキスタン出身のマララ・ユスフザイさんの記事に感銘を受けた。今年の新聞週間の代表標語〈新聞を開いて僕は世界を知った〉は、その体験から生まれた作品という。手紙は、確かに胸に届いたのだ◆世界が見せる表情は、決して明るいものばかりではない。東日本の広範囲に激しい雨を降らせた台風被害は日を追うごとに深刻さを増している。学校では先生が先生をいじめる時代。シリア情勢も緊迫している…◆それでも世界はまだ捨てたもんじゃない。そう信じて明日もまた、日々の出来事をつづる。誰かへの手紙みたいに。(桑)

 

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