消去法で研究者の道を選んだエピソードを話す水町さん(右)=佐賀市柳町の「ものづくりカフェこねくり家」

 幕末佐賀の藩校、弘道館を現代に再現した県の事業「弘道館2」の12時間目が、佐賀市柳町の「ものづくりカフェ こねくり家」で開かれた。講師を務めたのは佐賀市久保田町出身で東京大学教授(労働法)の水町勇一郎さん(51)。「労働法」をテーマに語り、労働に対する個人の意識について参加者と議論し、歴史的観点から「労働」をひもといた。講義の模様を詳報する。

【講義】歴史的な慣行を取り除く

 佐賀市久保田町に生まれた。現在の小中一貫校思斉館に通い、佐賀西高を卒業した。「小学生の頃は、遊びたいので宿題を早く終わらせていた」―小学生なりの効率のいい「働き方」を選んできたと、茶目っ気たっぷりに話す水町さん。
 大学は理系を選択。塾には通わずに藩校弘道館の「自学自習」の精神を貫き、東京大学理科2類(農学)に進学した。しかし、就職活動が始まる大学3年の時、公務員になろうと法学部に転部。憲法や民法を学んだが、はじめは「我々の生活にどう関わっているか分からなかった」。しかし、労働法を学ぶうちに「教科書に書いてあることと、社会の労働の現実は違うことに気づいた」という。
 「現場は法律通りに動いていない。何かやれることがあるのではないか」
 労働現場に疑問が沸いた水町さんは、教授から「(労働法の)研究者にならないか」と声をかけられ、研究者としてフランスや米国に留学した。欧米の「労働」の歴史や、海外から見た日本の「労働」を研究した。「海外から日本を見ると、その現状をより深く理解することができた」
 現在は東京大学社会科学研究所で研究を続けている。安倍総理が議長を務める「働き方改革実現会議」で、唯一の労働法の専門家として委員を務め、欧米諸国の観点から日本の労働を分析し、意見を述べた。

●労働の歴史

 働くこととは不自由でいやしい活動と見なされていた古代ギリシャ文明。「労働」とは生きるために必要な動物的活動でしかなく、人間的で自由な活動とは「真・善・美」であると考えられていた。自由の真実を追い求める哲学が「真」、社会の中での善悪を示し、民主的に話し合って決める政治が「善」、芸術を楽しむことこそが人間らしい行為だと考えたのが「美」であった。
 哲学、政治、芸術活動が最も人間らしい活動だと見なされ、戦争で負けた奴隷が労働することが、ヨーロッパの歴史で長く続いた。
 その後、ローマ帝国が勃興。勢力拡大の途上、言葉文化の違う人たちを支配するために宗教が利用され、ローマ帝国の広がりと共にカトリックの教えが広がった。 
 1517年、宗教改革が始まりプロテスタントが生まれた。プロテスタントの労働は「神から命じられたよい行い、自由な行いであり、私たちはパラダイスで仕事をしている」と唱えられた。プロテスタントの台頭で、カトリックが罰とした労働が180度転換されていく。

水町さんの講演に聴き入る参加者

●プロテスタントと資本主義

 宗教戦争で負けてイギリスに追いやられたプロテスタントは、さらにアメリカに渡った。アメリカの東海岸にたどり着き「まじめに働いて稼いだら、全て自分の持ち物にしていい」という教えの通り、アメリカ資本主義の礎を築いていく。そして西海岸まで到達し、ついに金を発掘。これがゴールドラッシュと呼ばれる出来事だ。「プロテスタンティズム」のおかげでアメリカは資本主義を築いた。
 イタリアやフランス、スペインでは、現在もカトリックの風潮が根強い。カトリックの多い地域は「なるべく仕事をしたくない」「バカンスするために生活する」人が多い傾向にあるのもおもしろいところだ。
 「カンターレ、マンジャーレ、アモーレ」のイタリア人の考え方は「歌う、食う、愛す」を人生として楽しみたい。それができるくらいに稼ごうと考えている。

●日本の「労働」とは

 日本の「労働」を振り返ると、江戸時代にはその概念がなかった。コメ文化が生活の基盤で、水田に水をひきこみ集落をつくった。村社会、家社会の考え方から、江戸時代の労働観は家業のことで、「生業(なりわい)」と「職分」の二つの側面があった。
 生業は生活のために働くこと、職分は社会から与えられた分を果たすために働くことで、江戸時代に成立した。当時の思想家、荻生徂徠(おぎゅうそらい)は「全ての国民は社会から役を与えられ生活をしている」と政治哲学を唱えた。
 家族のため、社会から与えられた分を果たすために、まじめに働くことがいいことと、政治学的にも宗教的にも大切なことだと江戸時代には考えられていた。

働くことについて分かりやすい言葉で語る水町さん

 

●明治期から現代へ

 明治期に入ると家業が解体され、会社という共同体が誕生。その後、最近まで長期間にわたり、会社という組織が戦後の高度経済成長期を支えたが、現在この概念は揺らぎ始めている。自分の趣味や生きがいを大切にしたい人が相対的に増えてきた。
 ただ、個人の考え方は変わっても、組織や社会はそう簡単には変わらない。
 「働く」ことには社会性と経済性の二つの側面がある。職場でみんなが同じ目標を持ち、同じ時間、価値観を持って生きていくことで社会性を感じることができる。ここに共感や経済性が生まれる。
 「プロテスタンティズム」の「まじめに働くことはいいことだ」という思いの下で働いている国は、技術革新を起こして資本主義が発展し、国の経済も発展する。
 しかし、相反する他律性と手段性が存在していることも見逃せない事実だ。他律性は協調性が求められ、好き勝手に働くことはできない。指揮命令によって動かなければいけない。手段性で労働すれば収益は上がるが、それ自体が目的なのかという疑問が生まれる。経済成長の行く末には、その豊かさをどう享受するかという疑問が頭をもたげる。
 「働くことを真ん中」に置くことは良い面も悪い面もある。手段ばかりを追っていたら、生きがいを忘れてしまう危険性もはらんでいる。それを自覚しないで働いているのが現代の日本人だ。「他人は自分とは違う考え方を持っている」ことを、理解するのが苦手。それは派遣や正社員など雇用形態の違いにも結びついている。
 日本は祖先から受け継いできた精神「働くことはいいことだ」という考えが根強く残っている。これが企業共同体という集団と結びつくと、先進諸国の中で最悪な例として、過労死、過労自殺が起こるようになる。
 欧米諸国で働き過ぎて死ぬことはない。日本人は、指揮命令されていることに気づかず働いてしまった結果、精神的なダメージを受け、過労死、過労自殺につながっている。ワークライフバランスがうたわれている昨今だが、なかなか抜け出すことができない。日本の哲学者は、この現状を「集団本位的自殺」と呼んでいる。

●環境に合わせて働ける社会基盤を

 法律で日本人の歴史的な慣行を取り除いていこうとして、昨今の働き方改革につながった。改革には「死ぬほど働くことはやめましょう」と時間制限をもうけた長時間労働の是正や雇用形態の選択など、「働きすぎない働き方についても評価をしましょう」という選択肢も盛り込まれている。
 現代は多様な環境の人がいる。「環境に合わせて働ける分働く」、それができる社会の基盤をつくっていこう。みんな違ってみんないい。それぞれの潜在能力を生かす社会をつくるために、改革が動き始めている。達成まで長い道のりだが、個人の能力を最大限に生かせる社会を目指している。

 

【レッスン】あなたはどっち?

 水町さんは講義の中で、参加者それぞれが「労働」にどのような意識を持っているか、レッスン「あなたはどっち?」で2択の質問を投げかけた。

 

【佐賀弁でメッセージ】

 今回の内容は教養教育(リベラルアーツ)です。教養教育とは哲学や歴史、科学のこと。教養教育を身につけておくことが、実はAI化、IT化した社会の中での人間としての基本となる。
 思斉館小時代の教えで論語「賢きを見ては斉(ひと)しからんことを思い、不賢を見ては内に自ら省みる」があった。その精神が今の自分の中に根付いている。めまぐるしく変わる社会の中では教養教育が最も大切になるかもしれない。
 自然の中でのびのびとした経験がある田舎の人は伸びしろやバネをいっぱい持っている。それを生かせる仕事ができる。今の経験を20年後、30年後に生かせるようにのびのびと生きていってくんしゃい!


◆「弘道館2」とは◆ 幕末佐賀の藩校・弘道館を現代に再現した県の人材育成事業。県内の高校生や大学生を対象に夢や可能性を広げるきっかけをつくろうと、さまざまな分野の最先端で活躍する県内にゆかりのある講師を招いて講義を行っている。コーディネーターは佐賀市出身で電通の倉成英俊さん。
 26日には「大人の弘道館2」と題した「佐賀の日本酒学」を学ぶ講座が、小城市の天山酒造で開かれる。講師は窓乃梅酒造社長の古賀釀治さん、天山酒造社長の七田謙介さん、古伊万里酒造代表の前田くみ子さん。受講対象は26日時点で20歳以上で、定員30人(定員に達した場合は抽選)。応募期間は16日まで。申し込みはウェブサイト、http://www.kodokan2.jp。問い合わせは事務局、0952(40)8820。

 

このエントリーをはてなブックマークに追加