第二章 意気軒昂(十一)

「それは土佐藩の岩崎弥太郎だろう」
 藤花が首を振る。
「違うよ。長州藩の伊藤俊輔(いとうしゅんすけ)という人さ。あんたと違ってしつこくてさ――」
 伊藤俊輔とは、後の博文(ひろぶみ)のことだ。
「伊藤か。聞いたことはないな」
「なんだかよくしゃべる男だったよ」
 藤花がけらけらと笑う。
「その伊藤というのは、交易に精通していそうだな。伊藤は、何か面白いことを言っていなかったか」
「覚えてないね。でも『兵庫の北風家(きたかぜけ)と大きな仕事をするんだ』とか何とか言っていたけど、江戸に行っちまったね」
「そうか。兵庫の北風家か」
 大隈も北風家の名は聞いたことがある。兵庫を本拠とする名だたる豪商として、江戸時代初期から続く老舗の一つだ。
「何でも、当主の正造さんという方は、真っ正直な商売人で、伊藤さんが『唯一信じられる商人』と仰せになっていたよ」
「商人に信じられる奴なんているものかい」
「ははは、あんたの方が、伊藤さんよりすれてるね」
 藤花が甲高い笑い声をあげる。
「その北風家は長崎にもあるのかい」
「出先が東築町(ひがしつきまち)にあったね。俵物(ひょうもつ)役所の近くに大きな看板を出していたね。確かご主人も大半は長崎にいるという話を聞いたよ」
 俵物役所とは、幕府直営の海産物の加工所のことだ。
「まあ、行ってみるか」
 そう言うと大隈は煙草盆に灰を落とし、煙管を置いた。

       四
 大隈の行動は早い。思い立ったらすぐに行動に移す。何事も後回しにすると、情熱が薄れてきて行動に移さない理由を様々に考えてしまうのが人間だからだ。
 翌朝、大隈は丸山から直接、東築町に向かった。
 ――ここがそうか。
 東築町に着くと、北風家はすぐに分かった。
 さすがに豪商だけあり、長崎の出店といっても、店の間口は優に十間(約十八メートル)はある。
 店の前で打ち水をしていた小僧に案内を請うと、簡単に中に通してくれた。

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