日本人は外国へ出ると、よく中国人に間違えられるというが、個人的にはそんな経験をしたことがない。仕事で東南アジアへ行くと、よく現地の通訳か何かに間違われる。先日もフィリピンで著名な政治家にそっくりと言われ、喜んでいいものか複雑な気分になった◆〈人間の顔は、一本の茎の上に咲き出た一瞬の花である〉。詩人の茨木のり子さんが書いている。しばしば「単一民族」として語られる日本人も、南方系や蒙古系といった来歴をうかがわせる顔がある◆風や鳥に運ばれてきた種子のように、長い歳月をかけて混血を繰り返してきたのだろう。〈人間も植物とさして変わりはない。そして今、はからずも日本列島で咲いている。そんな感慨を持つのである〉◆「咲」という字には「わらう」という意味もある。人間の顔が一本の茎の上の花だとすれば、似合うのはやはり笑顔である。ノーベル化学賞に決まった吉野彰さんの「妻にも見せたことがない」という表情に、そのことを実感した◆朗報と同じ日、鳥栖市で生後ひと月のわが子を床にたたきつけた父親が逮捕された。子育てに積極的に関わっていたという28歳の容疑者を、たとえ一瞬にせよ鬼の形相に変えたのは何だったろう。この世に咲いたばかりの小さな花を抱き寄せ、顔をほころばせることもきっとあったはずなのに。(桑)

 

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