「人からされて嫌なことは他の人にもしてはいけません」というのは、幼児時代に教わる基本的なルールで、今も子どもに指導する内容だと思います。

 原則として教わることなので、学校生活など現実の中で応用的に修正されればよいのでしょうが、子どもに対するしつけで教わった内容が、大人になってもそのままだとうまくいかない例が最近いくつか気になっています。子ども時代の教えをよく守る、真面目な人ほど陥りやすい問題であり、子どもだけでなく私たち大人も既に社会に影響を与えてしまっています。形としては「子ども向けの簡略化」と、「自律の他者適用」が目立ちます。(後者は来月言及)

 冒頭の内容は、「己の欲さざる事を人に施すことなかれ」として道徳的な話ですが、これは、そもそも完全なものではなく、幼稚園児にも分かるように、最も重要な部分を抜き出したものと捉えるべきといえます。ご承知の通り、社会に出れば、人は本当にいろいろです。好き嫌い、趣味趣向、何を大事にするかの順位付けもみんなバラバラです。であるならば、自分が嫌だと感じないことでも、相手が嫌だと感じることはたくさんあるはずであり、本当に考えなくてはいけないのは、相手がどう感じるかに応じて相手の嫌がることをしないという話のはずです。

 他者を察する能力が未発達な幼児に説明するには本人の感じ方を基準に教えるしかないため、最低限、自分が嫌なことを人にしてはいけませんと教えますが、実際に社会生活を送る場合、自分だけが基準では不十分で、自分とは違う感じ方の人がいることを前提に考えなくてはいけません。自分が平気でも他者は嫌だと感じることもあり、逆に、自分が嫌なことでも人は平気かもしれませんし、望んでいるかもしれません。

 学校でも他者を思いやるという指導をしますが、子どもたちがしつけによって前提としている自分基準をまず解除してあげないと、自分基準だけで相手を思いやったつもりになると、押しつけになりがちです。

 良かれと思って誤解の連鎖を生まないために、やはり多様性の理解と、コミュニケーションを通して相手の意向をくむということが大事だと考えます。(浄土真宗本願寺派僧侶・日本思春期学会理事 古川潤哉)

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