第一章 気宇壮大(三十八)

 久米が得意げに言う。
「窮理を学ぶのをやめるということは、火術方にも精煉方にも入れませんよね。西洋の法を学んでも、当面、何かの仕事があるわけではありません」
 諸藩には藩内だけで通用する藩法のようなものはあるが、極めて単純なので、法の教育を受けていない家老や奉行でも作れる。
「そんなことは分かっている」
「では、どうしますか」
「分からん。とにかく得意とするものを見つけ、それを極めたいのだ」
「八太郎さんは、まだ得意を見つけていなかったんですね」
 久米が笑ったその時だった。
「おーい、八太郎さん!」と大声を上げつつ、空閑次郎八(くがじろはち)が堤を駆けてきた。
「騒がしいぞ!」
 大隈が横たわったまま怒鳴る。
 二人のいる場所に着いた空閑が、息を切らしながら言う。
「中野さんが江戸から戻った。急ぎの話があるとのことだ」
「中野さんが帰ってきただと――」
 中野とは、江戸の昌平黌(しょうへいこう)で学んでいる方蔵のことだ。
「それで義祭同盟の面々に召集が掛かった。枝吉先生の家に集まれとのことだ」
「よほどたいへんなことのようだな」
「ああ、そのようだ」
「よし、すぐに行こう」
 三人の若者が桜並木の下を疾走していく。
 道行く人々は「何事か」と振り向くが、誰もが若者の気まぐれか何かだと思い、茫然と見送っていた。
 ――何かが起こったのだ。
 大隈は走りながら、得体のしれない胸騒ぎを感じていた。
 

 大隈ら三人が枝吉邸に駆け込むと、すでに神陽たちは車座になり、深刻な顔をしていた。
 ――やはり変事が起こったのだ。
 そこにいたのは、神陽を中心として、弟の枝吉二郎、大木民平、島団右衛門とその弟の重松基右衛門、江藤新平、そして旅姿の中野方蔵らだった。
 三人は義祭同盟では若手なので、縁先に腰掛けて神陽たちの話を聞く態勢になった。

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