第一章 気宇壮大(三十五

「今度は何をやめるんですか」
 久米はもう驚かない。むらっけのある大隈に慣れているのだ。
 ちなみに昨年、久米も晴れて蘭学寮の生徒となり、懸命に勉強していた。また義祭同盟にも加盟し、まさに大隈の後を追うようになっていた。
 大隈が河畔の斜面に寝転がったので、久米もそれに倣った。
「どうも人には、得手不得手があるらしい」
「それはそうでしょう。私の場合、鉄砲は得意ですが、馬術は苦手です」
「そういうことだ。ひとくくりで武芸と言ってもいろいろある。刀と槍だって得手不得手があるだろう」
「そうですね。で、此度は何をおやめになるのですか」
 久米が興味津々に問う。
「窮理(きゅうり)よ」
「ああ、窮理ですか。あれは難しい」
「うむ。わしは、計算は得意だが、何やら複雑な数式をこねくり回すのは好きではない」
「分かります。得手不得手や好き嫌いは誰にもあります。しかし窮理は、すべての根源を成すものではありませんか」
「そこよ。わしもそれを信じ、窮理だけは懸命に学んできた。だが、ふと気づいたのだ。窮理に関しては十人並みだとな」
 大隈は多布施川を眺めた。すでに散った桜の花びらが列を成すように下流へと流れていく。
 ――人の一生も同じだ。
 この世に生を享(う)けても、次の瞬間から時という大河に流され始め、最後は死という大海にたどり着く。だが人の生涯には長短があり、何も事を成せずに朽ち果ててしまう者もいる。
 ――人生はあまりに短い。だからこそ無駄なことを極力排除していかねばならぬ。
 大隈の考え方は終始一貫していた。
 久米がポツリと問う。
「十人並みではいけませんか」
 英才中の英才と謳われた久米でも、窮理では他に抜きん出るほどのことはない。
「いや、十人並みがよくないというのではなく、十人並みの者が学び続けても、しょせん大きな業績は上げられぬ。だから無駄ではないかと言いたいのだ」
「ははあ、なるほど」
 久米は大隈独特の理屈に慣れている。

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