第一章 気宇壮大(三十二

 

 驚く大隈を前にして、江藤が得意になって言う。
「そうだ。わしが将軍様なら、夷狄たちに対し、蕎麦屋(そばや)のように『いらっしゃい』と言って和親を結び、軍艦の一つや二つも買ってやる」
「蕎麦屋ですか」
 大隈が笑いを堪える。
「それは物の喩(たと)えだ。夷狄は蕎麦など食わん」
 その言葉に、つい大隈は笑ってしまった。江藤は大まじめなところがあり、こうした戯(ざ)れ言を得意としていない。
 ――存外、気難しい御仁ではなさそうだな。
 大隈は『これなら何とかなる』と思った。
「つまり江藤さんは、開国派なんですね」
「いや、そうではない」
「えっ、しかし夷狄と通商するのではないんですか」
「水戸や長州の連中のように、『夷狄は気に入らんから、戦って打ち払う』といった小攘夷はだめだと、わしは言いたいのだ」
「ははあ、では攘夷は攘夷でも――」
「わしのは大攘夷だ」
「開国ではなく、大攘夷ですか。その真意はいずこに――」
「開国した上で、夷狄の軍鑑や蒸気機関を購入する。それを天下の賢才たちが分解し、日本でも造れるようにする。それで十分に軍備が整ったら、気に入らない夷狄に三行半(みくだりはん)を突き付けてやるのだ」
「ははあ、ずるいですね」
 江藤が顔を赤くして言う。
「ずるいのではない。武略のうちだ」
「武略と来ましたか」
「そう。武略だ。まず通商を開始して夷狄を安堵させ、各分野の才人を招き、指導に当たってもらう。通商で潤沢(じゅんたく)に資金ができたら軍艦を買う。それから夷狄を選別し、傲慢な夷狄に対して攘夷を行うのだ」
「ははあ、それが武略というものなんですね」
 江藤は得意の絶頂だった。考えてみれば狷介固陋(けんかいころう)そのもののように思われている江藤だが、誰も寄り付かないので、話をしたくてうずうずしていたのかもしれない。
「わしが考えているのは、攘夷を目的とした開国だ。それゆえ大攘夷なのだ」
「ははあ、なるほど」
 なぜ「大」なのかはさっぱり分からないが、大隈は感心してみせた。

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