遠山(とおやま)香里(かおり)
「啄木鳥(きつつき)」戦法、破(やぶ)れたり! いよいよ「川中島(かわなかじま)の戦(たたか)い」がはじまった! 上杉(うえすぎ)政虎(まさとら)(謙信(けんしん))と武田(たけだ)信玄(しんげん)の一騎打(いっきう)ちも、実現(じつげん)するはず……よね!?

 武田軍(たけだぐん)の先頭(せんとう)中央(ちゅうおう)にいる武田(たけだ)信繁(のぶしげ)さんが名乗(なの)りをあげる。
「われこそは、武田信玄(たけだしんげん)!」
 えっ、どういうこと?
 馬上(ばじょう)のわたしが口(くち)をぽかんと開(あ)けていると、すぐうしろで手綱(たづな)をにぎっている信玄(しんげん)さんがいった。
「信繁(のぶしげ)は、わしの影武者(かげむしゃ)じゃ。」
「だからあの白(しろ)い毛(け)の兜(かぶと)、信玄(しんげん)さんはかぶっていないのですね? で、信玄(しんげん)さんは、どうされるんですか?」
「逃(に)げる。」
 信繁(のぶしげ)さんが号令(ごうれい)をかける。
「かかれーっ!」
 すると信玄(しんげん)さんは手綱(たづな)を引(ひ)き、馬首(ばしゅ)を返(かえ)した。
 ぐらりと揺(ゆ)れたので、わたしは馬(うま)のたてがみをむんずとつかんだ。痛(いた)くして、ごめんね。
 見下(みお)ろすと、タイムもうつぶせになったまま、両手両足(りょうてりょうあし)でたてがみにしがみついている。
 わたしは信玄(しんげん)さんにきいた。
「なんで逃(に)げるんですか?」
「影武者(かげむしゃ)の信繁(のぶしげ)がいるのだ。わしは必要(ひつよう)あるまい。だいいち、わしが討(う)ち死(じ)にしたら、家臣(かしん)たちが困(こま)るではないか。」
「でも……。」
「上(うえ)に立(た)つ者(もの)、いまこのときだけではなく、将来(しょうらい)のことも考(かんが)えねばならんのだ。」
 ちょ、ちょっと待(ま)って。この、四回目(よんかいめ)の川中島(かわなかじま)の戦(たたか)いで、武田信玄(たけだしんげん)と上杉(うえすぎ)謙信(けんしん)が一騎打(いっきう)ちしないなんてことがあっていいの?
 馬上(ばじょう)で揺(ゆ)られながら、わたしはジーンズのお尻(しり)のポケットから一枚(いちまい)の写真(しゃしん)を取(と)り出(だ)した。上岡(かみおか)さんが写真(しゃしん)仲間(なかま)たちと一騎打(いっきう)ち像(ぞう)の前(まえ)で撮(と)った記念写真(きねんしゃしん)。
 すると! その一騎打(いっきう)ち像(ぞう)が消(き)えてしまっていた!
 それだけじゃない。
 上岡(かみおか)さんたちの姿(すがた)が薄(うす)くなってしまっている!
 一騎打(いっきう)ちがなくなったことで、川中島(かわなかじま)の戦(たたか)いが忘(わす)れさられてしまい、「川中島(かわなかじま)」という観光地(かんこうち)そのものがなくなってしまったというわけなのだ……。
 そのときだった。
「うわっ!」
 それまで馬(うま)のたてがみをにぎっていたのに、両手(りょうて)で写真(しゃしん)を持(も)っていたものだから……。
 ぐらっ。
 身体(からだ)が大(おお)きく揺(ゆ)れた。
 と思(おも)ったら││。
 えっ……いやっ……。
 視界(しかい)が大(おお)きく動(うご)いた。
 戦(たたか)う兵(へい)たちが斜(なな)めになり……その兵(へい)たちの足下(あしもと)……そして朝(あさ)の空(そら)が映(うつ)ったと思(おも)ったら……。
 ずさっ!
「痛(いて)ててて!」
 わたしは落馬(らくば)して、仰向(あおむ)けに倒(たお)れていた。さらに落(お)ちてきたタイムのほうに手(て)を伸(の)ばし、思(おも)いっきり抱(だ)き寄(よ)せた。
 その直後(ちょくご)、矢(や)が走(はし)った。
「香里(かおり)! すぐ迎(むか)えに来(く)る!」
 そうさけぶなり、矢継(やつ)ぎ早(ばや)に飛(と)んでくる矢(や)から逃(に)げるように、信玄(しんげん)さんが馬(うま)で走(はし)り去(さ)った。
 すると、わたしとタイムは、だれかに身体(からだ)をつかまれて、どこかに運(はこ)ばれはじめた。
 だ、だれっ!?

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 楠木誠一郎(くすのきせいいちろう)/作(さく)
 福岡県(ふくおかけん)生(う)まれ。「タイムスリップ探偵団(たんていだん)」シリーズのほか、『西郷隆盛(さいごうたかもり)』(講談社(こうだんしゃ)火(ひ)の鳥(とり)伝記(でんき)文庫(ぶんこ))など多(おお)くの著書(ちょしょ)がある。小学生(しょうがくせい)の頃(ころ)の得意(とくい)科目(かもく)は図工(ずこう)と社会(しゃかい)。

 たはらひとえ/絵(え)

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