第一章 気宇壮大(三十一

 

「ははは、早速核心を突いてきたな。では、逆に聞く」
 江藤が机を叩くと、埃(ほこり)が飛び散った。
「夷狄(いてき)(欧米諸国)どもが日本にやってくる理由は何だ」
「日本に通商を求め、また鯨船(くじらぶね)(捕鯨船)のために薪水(しんすい)を供与してもらおうという狙いからではありませんか」
 大隈は即答した、ここで気の利いた答を言うより、江藤に否定させ、気分よくしゃべらせた方がいいと思ったからだ。
「違う!」
 江藤が唾を飛ばす。それが大隈の手元まで飛んできたので、大隈は慌てて手を引っ込めた。
「彼奴らが日本近海に出没しているのは、われらの状況を探るためだ。湾内の深浅を測ることで、大型船がどこまで近づけるかを探り、諸港の砲台を観察することで、どこから上陸すれば最も損害が少ないかを考えているのだ」
 --少し意識過剰ではないか。
 大隈はそう思ったが、江藤の話の腰を折ることはしない。
「そうだったんですか。気づかなかったな」
「今、気づいたんならそれでよい」
 江藤は腕を組み、悲憤慷慨(ひふんこうがい)するように語った。
「日本は島国なので、すべての港を守ることなどできない」
「もちろんです。日本は海に囲まれているだけではなく、藩ごとに海防意識がまるで違います。意識の低い藩の港から上陸すれば、海防に力を注いでいた藩の砲台など、意味を持ちません」
「その通りだ。彼奴らの力をもってすれば、わが国など赤子同然だ」
 江藤が口惜しげに唇を噛む。
「では、なぜ夷狄たちは、さっさと上陸してこないんですか」
「なんだ、そんなことも知らんのか。彼奴らは彼奴らで牽制し合っており、互いに喧嘩せずに獲物を分かち合おうとしているのだ」
「ははあ、なるほど。では、江藤さんが将軍様なら、いかがいたしますか」
「将軍様か。そいつはいいな」
 いつの間にか江藤は上機嫌になっていた。
「わしの考えを教えてやろう」
「ぜひ」と答えて大隈が身を乗り出す。
「まずは彼奴らを騙(だま)す」
「騙すって、夷狄をですか」
 大隈は唖然とした。

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