「決して35分の1ではなく、ちゃんと名前があり、頑張っていた。石田敦志というアニメーターが確かにいたということを、どうか忘れないでください」―。京都アニメーションの放火殺人事件。犠牲者の一人である石田敦志さんの父基志さんの会見での言葉だ。胸にはどんな思いがあったろうか◆放火事件では先月、亡くなった35人のうち、残る25人の名前が公表された。それを受けての会見だった。「名前を出さないでくださいという方々がたくさんいらっしゃる。その気持ちは痛いほど分かります。だけども35分の1で本人たちはいいのかなと」◆数字でひとくくりにした犠牲者ではなく、この世に名前のある一人の人間がいた。そう基志さんは伝えたかったのではないか。思いが通じたのか、きょう公開の京都アニメーションの新作映画に犠牲者全員の名前が記載されるという◆なぜ実名か、なぜ写真が必要か。報道には賛否があり、遺族にも受け止め方に違いがある。報道されることでの苦しみ、メディアが押しかけるのではないかという不信感があるとすれば、自戒しなければならない◆ただ、尊い命を具体的に記すことは悲劇を二度と起こさないという思いと同時に、一人の存在の重さを伝えるということにほかならない。事件や事故を記憶に刻むためにも、その意義を見つめたい。(丸)

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