第一章 気宇壮大(三十)

 

「それで何用だ」
 江藤が吐き捨てるように問う。
「蒸気です」
「蒸気だと。そなたはわしと禅問答でもしに来たのか」
 大隈は次第に開き直ってきた。
「はい。大砲では買い手が限られるので、さほどもうかりません。しかし蒸気だと、需要が無限にあるような気がします。だから蒸気の原理を教えていただきたいのです」
 ようやく江藤が筆を置く。
「その通りだ。しかし需要の観点から、蒸気と鉄製大砲の違いについて語った者はいない」
「ありがとうございます。もちろん鉄は産業の基本です。鉄製大砲の鋳造(ちゅうぞう)は、将来的な製鉄技術につながります」
「うむ。だから殿は、鉄と蒸気機関に藩の財の選択と集中をしたのだ。そこが薩摩藩とは違うところだ」
 江藤が胸を張って両藩の違いを説明する。
 薩摩藩の島津斉彬(なりあきら)は集成館事業を行うにあたり、将来的な産業の育成を見据え、製鉄・造船・紡績(木綿帆(もめんほ))を殖産興業の中心に据えたものの、反射炉と溶鉱炉の建設、工作機械製造施設、ガラス製造施設、洋式艦船造船所などを次々と設立し、産業全体を網羅しようとした。
 一方の鍋島直正は「選択と集中」を旨とし、海防の目的から鉄製大砲の鋳造と蒸気機関の開発に財を集中した。むろん工作機械やガラス製造など間接的に海防に寄与する産業の育成は進めたものの、鉄製大砲と蒸気機関の研究だけが突出することになった。
「さすが、われらが殿は、物事がよくお分かりだ」
「そうではない。殿は分限(ぶげん)をわきまえておるのよ」
「分限――」
「そうだ。島津の殿は七十万石と言われているが、密貿易などで実収は百万石にのぼる。それに比べて当家は三十五万七千石。張り合っても勝てないのは明白だ」
 ――だから殿は賢いのだ。
 大隈は誇らしかった。
 鍋島直正は常に冷静で身の丈に合ったことを好む。それが近代化事業の方針にも表れていた。
「それでは問わせていただきますが、江藤さんの考える近代化とは何ですか」
 頃合いよしと見た大隈が、言葉の白刃(はくじん)を抜く。

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